自分の生活に”フレーム”を築く
2007.11.26
自分が読んだ本については、あすなろBLOGや個人的にずっと継続しているプライベートのブログなどで紹介していることもあり、たまーにですが、紹介した本が売れることがあります。
暇な時に、amaozonの売り上げレポートを見ると、こんな本も売れているんだという思いがけない発見もあったりして、その発見で出会った、暮らしのさじ加減―ていねいでゆっくりな自分にちょうどいい生活という、女性向けと思われる感じの本が、意外とlifehacks系な内容の本で面白かったです。
例えば、インスタント食品など便利なものを使う事について
それは、誰に「買わされている」のでも「使わされている」のでもなく、すべてを「自分の意志で選んでいる」からだろう。そして、ある程度、手や足を使って動かしているからだ。面倒だから、くたびれているからと、手間を省くことばかりやっていると、体はラクかもしれないけど、なぜか心が疲れてくる。
(P.18より)
と書かれているが、ラクだけど、心が疲れるという表現はなるほどと思った。
食品に限らず、自分自身、なるべく出来合いのモノは買わないようにしていて、例えば出汁なんかも、インスタントの和風だしとかあると思うのですが、あういうのを使ってもいいけど、出汁をきちんと取って、いくつかの調味料と組み合わせることで、それなりに美味しいご飯になると思うし、それをうまく応用する事で、自分の料理の幅も広がるんじゃないかと思います。
話がおもいっきり飛躍しますが、前に書いたエントリで
Unixのツール類って、シンプルだけど、使い勝手がよかったりして、そういうものを自分の"知恵"を駆使して
と書きましたが、それぞれ小さいものを自分の創意工夫によって、自分にとって使い勝手のよいツールを生み出すというのが、自分としては、この出汁を取るという行為にもなんとなく通じるような所があるんじゃないかと思ってしまいます。
ちょっと話が脱線しかけたので、もとに戻すと、インスタントに頼らずに自分である程度ご飯を作るということを著者の方が社会人になってから始めたそうで、その結果として
「朝ご飯と夕ご飯を自分で作る」という習慣には、大きな意味があった。グダグダだった私の暮らしに、いつの間にか「フレーム」みたいなものを与えてくれた。フレームができると、暮らしの柱は補強される。一日の生活リズムは規則正しくなり、すると、それまで「時間がない」「余裕がない」と思っていた日常に、「ゆとり」と呼べるものが生まれてきた。
(P.23より)
という習慣を得たそうですが、それ以前の学生時代は、好きな時に食べて、寝てという暮らしをしていたそうで、いつも眠くて体調不良という状況だったそうです。
ネタ元を忘れてしまったのですが、MLBで活躍した安打製造機のウェイド・ボッグスという選手は、試合に入るまでに、それこそ朝起きてから、試合に入るまでの一連の作業が、恐ろしいほど機械的(注)になっていたそうですし、イチローも同じような状況らしく、遠征先の食事もすでに決めているくらいのようで、ある日その遠征先で行きつけのお店が閉店していた事態に陥った時にとてもパニックになったということを読んだこともああります。
そこまでいくのは、究極すぎるにしても、ある程度の”フレーム”を自分でしっかり作っておくと、そのフレームの間を自分のスキマ時間として有効活用できて、ゆとりに繋がるように思いますし、自分自身も振り返ってみると、日々の生活に”フレーム”がいくつか築かれいるからこそ、ブログ書いたり、本読んだり、走ったりということが出来ているのかなぁと思いました。
(注)ウィキペディアにこのあたりのエピソードが書かれていました。
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良著です。投稿者 : 小山田 浩 | 投稿日時 : 2007.11.26 20:44



