どーして会社を始めたのか(5)
2006.03.28
北海道に戻ると、私としては試練のように日々が始まりました。
まずは営業の人間と一緒に同行しOJT。正直優れた営業マンという方がいなかったのですが、実はこれが後ほどすごい参考材料となりました。要はものを売るためにかけている部分が参考になったのです・・・
その後、営業担当を与えられました。私はほとんど口座はあれど取引のない、いわば新規営業に近いもの、あとは食品工場などを担当しました。
毎日車で客先を回り、売上が伸びないため四苦八苦していました。そこで忘れられない出来事が。
某大手エレベーター会社には口座があったのですが、取引は皆無でした。担当者の方から何とか情報を聞き出そうと、まずは自社の取り扱いメーカーから説明すると・・・「あ、そのメーカー取り扱いあるの?うちではすごい量を使うんだよ」との事。
早速型番を聞いて見積をしようと上司に相談したのですが、「そんな大企業で使っているなら、大量仕入れで安いんだから無駄だよ」と言うのです。もう腹が立って勝手に原価に利益を乗せて見積したところ、なんといきなり大量に注文をもらってしまったのです。
あの時は「おぉ、新人なのにこんな大手から注文がもらえるんだ、やっていて良かった!」と心底喜んだものです。
ところが上司はそんなの当たり前みたいな顔をするので、その頃から上司に対しては嫌悪感がありました。
また、たまたま受け取った電話が空圧機器で質問があると言う新規の電話だったのですが、そこで質問を答えたと同時にアポを取り、すぐにお客さまのところに向かいました。
そこでかなりの量を使っていると言うので、型番を聞いて見積をすると、利益率は非常に良いのに安いとの反応が。後日また電話があり、なんと「すぐに●●万円分発注したい」とのうれしいお声が!
それでも社内の反応は当たり前だろう見たいな感じで・・・
そのとき思ったのが、まず営業は固定観念で売れないだろうと思い込み、全然営業をしていない、いわば御用聞きだったんだなと。じゃぁ逆に積極的に提案することによって、ものを買ってもらえるのでは?そう気づきました。
実はその概念と言うのは今でも根付いていて、私の今の営業スタンスの元となっています。
とはいえ、自分が勉強してきたボールねじなどではなく、ほうきや蛍光灯などまで取り扱わなければならず、自分が必死に身に着けてきた技術が一切利用できないのは非常に苦しかった・・・
続く・・・
投稿者 : 小林 晋也 | 投稿日時 : 2006.03.28 13:31
どーして会社を始めたのか(4)
2006.03.27
卒業研究も終わり、何とか卒業できました。
4月から北海道のベアリング商社に入社し、入って1週間で東京のベアリングメーカーに研修で半年間出向。
まずはボールねじという、精密位置決めを行うための商品を勉強。工場で組み立ても行い、様々なことを勉強しました。実はこの研修中、
「せっかく就職したんだから、短期間でTOPに上り詰めてやる」
と考えて、遊びもしないでひたすら勉強しました。おかげで3ヶ月でボールねじの基礎、応用はかなりわかるようになりました。そのとき、自分が機械に目覚めてるとは気づきもせず・・・
次にリニアガイドと言う商品の勉強。これも工場で組み立て、基礎の勉強でした。ボールねじで知識を身につけていたため、ものすごい勢いで基礎をマスターできました。
最後はメカトロ製品(ボールねじ・リニアガイド・モーターを組み合わせた商品)の設計部隊へ。そこでは客先向けの図面を引く、つまり設計をやらせてもらったわけです。メカトロ製品はねじとガイドの組み合わせ商品なので、そこで組み合わせて使うことを勉強しました。
半年の長い研修が終わり、気づいたことにはパチプロという考えはまったく無くなり、
「親身になって教えてくれた方々のためにも、北海道地区で拡販を絶対にやり遂げてやる。」
そう誓い、北海道に戻りました。
続く。
投稿者 : 小林 晋也 | 投稿日時 : 2006.03.27 00:39
SkyFEEDというRSSシステム
2006.03.25
すこし話がそれますが、弊社の開発商品に「SkyFEED RSSマネージャー」というRSSシステムがあり、本日正式版をリリースさせていただきました。
このシステムはありそうでなかったのですが、サーバーに入れて簡単な設定だけで、指定したURLのhtmlをいくつでもRSS化するシステムです。
しかも蓄積したRSSデータ(item)はRSSとして再利用しても、WEBサイトに再利用してもOKという画期的なシステムです。
CNETにも掲載していただき、かなり引き合いを頂いており、引き合いで多いのが他の個人ブログなどを1つのWEBサイトに集約したいと言うお話。ブログはRSSを吐き出す事が多いので、それらをSkyFEEDで1つに集約して、簡単にブログポータルを作る事ができます。
元パチプロの社長も、発想次第ではこんなシステムを作れちゃうんです(笑
投稿者 : 小林 晋也 | 投稿日時 : 2006.03.25 00:23
どーして会社を始めたのか(3)
2006.03.24
留年するときはさすがにあせりました。
単位の足りない課目の教官に頭を下げて回りましたが、結局全部だめ。ものの見事に留年しました。
留年が決まって親に電話したとき、激しく泣いてました。私の母はすごく真面目で、普通に学校行って、普通に卒業して、普通に仕事して、平凡でも良いから元気に育ってほしい。そう願っていたのです。それに気づいたのは就職後。当時はかなりぶつかりあった記憶があります。
母の涙とは裏腹に、自分はあまり後悔が無かったんですよね。
4年生2回目の新クラス。ぱっと見の印象が「みんな非常に仲がいい」。普通クラスならグループがたくさんあったりしますが、新クラスはそんな事が無くみな共通して仲が良い。そのクラスの雰囲気が「留年してよかった」と思えるくらい新鮮で、今の友人は留年後に出来た友人が多いんです。
パチスロは半分くらい自粛して(それでも通ってました笑)、学校は出来る限り休まず、そこそこ真面目に通っていました。
そんな私でも4年生→5年生となり、就職活動、卒業研究となりました。
就職はちゃんと働こうと思い、真面目に探していました。そこまで勝っているならパチプロやれば良いのにって良く言われましたが、現状のまま台の改正が無ければ勝ち続けていたかもしれませんが、いつ改正が起きるかわからないので未来は無いと判断していました。案の定、今の台ではパチプロも大変そうです。
ただ、やりたい仕事は無かったので、給与が良く、休みもしっかりあるところを選んで面接に行きました。
面接は札幌だったのですが、社長室に入るとガラの悪そうな専務と社長が座っていまして・・・専務に「留年してるけど、ちゃんと卒業できるのか?」と聞かれ、私は「はい、絶対出来ます」と意味も無く自身ありげに答えてしまいました。確証なんて無いのに(笑)この言葉のやり取りが、まさか自分の人生を大きく変えることになるなんて・・・
話を戻して。
金属組織の変位をプログラミングすると言う材料学を専攻していたのですが、実は研究には2度行ったっきりで半年間行きませんでした。やはりパチスロに夢中で、授業が終わったら研究よりパチスロみたいな感じだったんですよね・・・
それだけ駄目駄目な学生だったのに、卒業研究発表が近づいて「いよいよやばい」と思い先生のところに行ったら、
「あ、小林君。君来ないから僕が研究しちゃったよ。早くレポート書いて!」と言われ、なんも研究していないのにレポートだけ書くことに。それも去年書いた人と同じ研究を先生がやっていたので、レポートもアルバイトを雇って打たせる始末・・・その間自分はまたパチスロに行ってまして、発表前だけスピーチの練習をして、何とか無事発表も終わりました。
悪いことばかり書いている気がしますが、読み返してみると「やりたいことにはとことん情熱をつぎ込む」、「徹底的に効率を重視する」、「自分の中でどうでもいいものは割り切って捨ててしまう」、という性格だって事がわかりますね。
次回に続く。
投稿者 : 小林 晋也 | 投稿日時 : 2006.03.24 00:26
どーして会社を始めたのか(2)
2006.03.22
当時主力としていた台が、ユニバーサル(現アルゼ)の「クランキーコンテスト」でした。
この台は技術介入度が異常に高く、技術がある人であれば負けない、適当に打つ人だと、店が出したくても出ないというすごい台でした。
あ、ここで誤解を招くので一言。私の負けないは、3ヶ月単位での話です。パチスロは240面体のさいころを振っているのと同じ=確率論の話になるので、1/240まで当たり確率が収束するには結構な時間を要します。要は1日単位であれば収支は安定しないって事ですね。
話がそれたので戻しますが、当時から計算高かったのか、毎日クランキーコンテストの設定が高い(出る台)を探し、理論上はレバー1回叩けば0.5枚出るんだと心に念じて、見つければご飯も食べずにひたすらレバーをたたきまくる。そんな生活でした。(1日7000回レバー叩けば3500枚=7万円勝つって事です)
おかげさまで専攻していた機械の勉強なんてそっちのけで、毎日パチスロ。テストもどうせ0点だろうと思いパチスロ。いま思えばおかしな事をやっていたなぁと思うのですが、実は今の自立心ってのはここで培われたんだと思います。
というのも、パチスロは確率・統計ですのでそれらの勉強をしたり、ExcelにVBAでパチスロを作ってシュミレーションさせたり、設定を見破る攻略法を理論的に作ったり、いかに勝つかを常に考えていました。今はいかに会社を大きくするかということを常に考えていますので、おんなじ様なことを当時から考えていたんですね。
面白いエピソードがあり、当時パチンコ屋までの移動はタクシーで往復してたのですが、毎日タクシーを呼ぶせいもあって、校門の前には毎日タクシーが止まるようになりました。とある全校集会で生活指導の先生が「毎日タクシーが止まってると思って運転手に聞いてみたら、最近の学生さんは儲かってるんですね〜って言いやがる!けしからん!」と。今だからいえますがそれは僕のせいです。はい。ごめんなさい(笑
そんな生活を繰り返していると当然期末には危機が訪れます。単位が全然足りませんでした・・・担任に「お前は税金の無駄遣いだ!」と全生徒の前で言われ、結局留年・・・でもこの留年が自分の人生を大きく変えました。
次回に続く。
投稿者 : 小林 晋也 | 投稿日時 : 2006.03.22 12:00
どーして会社を始めたのか(1)
2006.03.20
さて自己紹介も終えたところで、私がなぜ会社を作ったのかを数回に分けてご紹介します。
そもそも私は北海道帯広市出身で、子供のころは木の棒を振り回して公園を走り回るようなやんちゃな子供でした。
小→中と帯広で過ごし、この頃から人と同じところには行きたくないという偏屈心があったのでしょうか、高校は旭川高専の「機械工学科」に入学。親元を離れました。
高専時代の前半は恐ろしく真面目で、めがねをかけて誰が見ても真面目だろう!っていう子でした。ところが高専の後半で、後の人生を変えるようなものに出会ってしまいました・・・
それは「パチスロ」。
初めて打ったとき、1000円が一瞬で1万円になったのは今でも忘れません。このとき勝っていなかったら今の僕は無かったかもしれません(笑)
周りの人間たちは「パチスロなんて運だよ。新装開店行けば勝てるでしょ」なんて事を言ってる連中ばかり。だけどパチスロ雑誌には「機械割が100%を超えている台を打てば理論上勝つ」と言う言葉が。どっちが正しいのだろうと雑誌通りに行動すると、なぜか勝つ。なぜか勝つ。これを繰り返していくうちに狂ったようにパチスロ通いが始まりました。
パチスロには機械割という概念があり、1枚のコイン投入で何枚かえってくるかというものをパーセントで示したものです。機械割が100%を超えている代は絶対に負けないという計算になります。
私は常に機械割が100%を超える台を探し続け、学校も行かず夢中になっていたのです・・・
次回へ続く。
投稿者 : 小林 晋也 | 投稿日時 : 2006.03.20 15:43
レセプションに参加させていただきました。
2006.03.19
3/17、「あすなろBLOG」のレセプションがあり、パネラーとして参加させていただきました。
このあすなろBLOGは、少数精鋭のブロガーが、閲覧者に向けて同一のコンセプトを伝えるという従来のブログの使い方を変えるような面白いブログポータルになっています。
発表会では森本社長のご挨拶から始まり、あすなろBLOGの概要説明→パネラー回答と進んでいきました。その中で、「構築業者選定では、7社の中から弊社を選んでいただいた」という言葉が今でも心に響いています。有難うございます!
パネラーとして私は「企業でのブログ活用が増えている中、ブログ技術者が圧倒的に不足している。パソナテック様にはその育成をぜひ期待したい。また、執筆者としては田舎企業がどこまでやれるのかということをブログ上で伝えて行きたい。」と答えさせていただきました。
レセプション後は「パソナO2」で懇親会。日本で一番高い野菜を食べさせていただきました。にんじんが異常にうまかった(笑)
仲良くさせていただいているグローバルフレックスプランニングの大木社長にも来て頂き、早速ブログに書いていただいたようです。にんじんがうまかったのは同一意見だったと(笑
その模様はZDNetさんにも掲載されていますので、お手すきの際にどうぞ。
パソナテック、エンジニア向けブログ「あすなろBLOG」をオープン
パソナテックは3月17日、エンジニアのキャリア創造サポートブログ「あすなろBLOG」をオープンした。あすなろBLOGは、20代後半から30代のエンジニアをターゲットに、月間利用者数5000名、15万PV(ページビュー)を目指す。
投稿者 : 小林 晋也 | 投稿日時 : 2006.03.19 18:59
田舎から世界へ
2006.03.16
おそらく自己紹介しても「あなた、だれ?」といわれるくらい無名な私ですが、このたび「あすなろBLOG」での執筆を担当させていただくことになりました「小林 晋也」と申します。
まずは簡単な自己紹介から。
北海道帯広市が本社の「株式会社スカイアークシステム」で代表取締役をやっています。最近26歳になりまして、帯広と東京を行き来する生活を繰り返しています。
「最先端のWEB技術を、貴方のビジネスに」をスローガンに「Web Technorogy Integrator」になるべく日々がんばっている会社です。弊社は新しいことをどんどん提案して、「田舎から世界」へ技術を発信できる会社になりたいなと思っています。
主に「Movable Type」のカスタマイズを得意としており、このあすなろBLOGも「Movable Type」と弊社のテクノロジーを利用して構築しております。
実は今回の「あすなろBLOG」のコンセプトには非常に好感を持っていまして、
これは私の経験談かもしれませんが、そんなことを考えて決断・決意をする時には参考になるような・触発されるような誰かがいるものです
私も実際そうでした。前職の専務に触発され、今の人生を歩んでるといっても過言ではありません。
このブログでは私なりの人生観、歩み、はたまた弊社が得意としている「Movable Type」や「W3C準拠XHTMLコーディング」などの技術動向もご紹介したいと思っています。
ではスタート!(笑
投稿者 : 小林 晋也 | 投稿日時 : 2006.03.16 17:48





