余裕力
2006.04.28
個人で仕事をしていると、企業間以上に個人の信用が要(かなめ)になることに気づきます。
もちろん、どんな仕事も実質的には人間同士の信用で成り立っているのですが、最近あった次のエピソードによって改めて個人の信用の大切さを思い知りました。
デザイナーのMさんとは知り合って2年ほどの付き合いで、主にデザインワークで力を貸していただいています。アートな感覚の中にも優れたビジネスセンスを合わせ持った、絶妙なバランスがウリで、クライアントからの、ともすると曖昧で漠然とした要望からも
「そうそう、求めていたのはまさにこういう感じ!」
という評価を引き出してしまう、まさにプロフェッショナルと呼ぶにふさわしいクリエイターなのです。
そんな彼のデザインセンスや技術力は私にはとても真似できないのですが、ふと数日前にメールのやり取りをしていたときに、「なるほど、これは見習わなくては!」と感じたことがあります。
それは、急な依頼の時でも、彼から送られてくるメールには常に、
「いつでも対応可能ですよ」
「問題があればすぐに対処します」
「お気軽に連絡くださいね」
という言葉を一切使っていないのに、そういう雰囲気が漂っているのです。一朝一夕には真似のできないことではあるのですが、デザインセンスや技術力と比べたら、まだとりつく島がありそうです。
それから数日間、このことを反芻し続けてようやく思いついた仮説は、
「余裕をもって仕事に臨むこと」
です。もちろん、常に余裕を確保することは簡単ではありません。でも、余裕がなくても相手に懐の深さを感じさせ続けることは、個人におけるブランディングという意味では欠くことのできない心がけと言えるでしょう。
物理的・時間的に余裕があってもなくても、相手から見たら余裕があるようにふるまう力を余裕力と名付けてみます。どのようにしたらこの余裕力を鍛えることができるでしょうか?
それは、自分の事情を差し置いて、とにかく相手の現状と要望を知ることに集中することでしょう。
Mさんとのやり取りを振り返ってみると、いつでも彼は、とことんこちらの要望について知ろうとするのです。それでいて彼自身の忙しさや事情は、こちらが訊くまでほとんど言い出しません。
忙しければ、相手に有無を言わさず、
「すいません、今テンパってるんで、後でお願いできますか?」
などと言いたくなるものですが、彼からそのような言葉を聞いたことがありません。いや、だからこそ、安心して頼めるのでしょう。
「どうせヒマでしょ? すぐにやってよ」などという横柄な頼み方をする人はほとんどいないはずです。そうとわかっているのに、忙しくなるとついつい「今テンパってるんで…」という反応を返してしまうことの背景には、「私はヒマじゃないんだからっ!」という感情が伏せられているような気がするのです。
言い換えれば、
「あなた、私がいつでもやってくれると思ってるでしょう?
でも、私だって忙しいんだからね!」
とでも言いたげな勢いを感じます。言葉に出さなくても、そういう雰囲気というのは相手にしっかり伝わってしまうものです。つまり、図らずも心の余裕がない状態を相手にさらけ出していることになります。
一方、Mさんの場合は、むしろ積極的に、
「いつでもやりますよ〜(´ー`)ノ」
というムード満点の演出を心がけているかのようです。仕事を頼む側としては、これほど心強いことはありません。
つき合いが長いからとは言え、Mさんにはかなり気軽に仕事を頼んでしまうのですが、このように相手に気軽さを感じてもらえるかどうかで、自身の余裕力の多寡がはかれるのではないか、と考えています。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.04.28 23:45
言い切る
2006.04.27
昨日は結論として「覚悟を決める」ということを書きましたが、まだまだ抽象的ですね。
ところで、私は最近「思考停止語」という言葉を思いついて、以来ひんぱんに使っています。
以下が思考停止語の例です。
・「難しい」
・「すごいねー」
・「参考になります」
・「やはり」
これらの言葉は、
いずれも発した側の思考停止を代弁します。思わず口をついて出てしまう言葉ですが、その言葉を発した瞬間、相手の心の中で反射的にツッコミの衝動がフラッシュします。
・「難しい」「じゃぁ、どうすればいいの?」
・「すごいねー」「どこが?」
・「参考になります」「どんな風に?」
・「やはり」「文脈が見えないんですけど?」
思考停止語を使っていると、文字通り考えることが停止します。停止と言っても、実態は先送りされることになります。「後で考えることにして今は先に進もう」というモードです。もちろん、これは言い訳であって、実際には停止することに対しては心理的な抵抗があるため、無意識に「先に送ったことにする」のだと思います。
そこで、思考停止状態から抜け出すために「思考停止語」を「行動促進語」に変換します。
例えば、上記に挙げた一連の思考停止語は以下のような行動促進語に置き換えることができます。
・「難しい」 → 「○○の問題を先に解決させないと手がつけられない」
・「すごいねー」 → 「それはやったことがありませんでした」
・「参考になります」 → 「それを取り入れるとこういう風に役に立ちそうです」
・「やはり」 → 「ずっと○○だと思っていましたが、思った通りです」
行動促進語は、「語」というよりは「文」であることがわかります。人をして行動せしめるものは単語ではなく文なのかも知れません。そして、思考停止とは行動すること、あるいは新たに何かを考えることを煩わしく思って、自ら気持ちを抑え込んでしまう状態のことを指すものと考えられます。
説明が長くなりましたが、「覚悟を決める」という言葉も「思考停止語」と考えられるため、これを「行動促進語」に変換する余地があるというわけです。
「覚悟を決める」とはどういうことでしょうか? 逆に「覚悟が決まっていない」状態というものを考えてみると、それは
・どうするかを決めていない
・選択を保留している
という状態と言えます。これの逆ということですから、
・すでにどうするかが決まっている
・もう後戻りができない
ということになります。こういう状態を作るための行動を考えればいいわけです。
そこで思いつく言葉は、「言い切る」ではないでしょうか。
例えば、
「将来は人のために役立つ仕事をしたなぁ〜と何となく思っています」
という漠然とした主張よりも、
「来年の今日から、○○で困っている人のために役に立てる仕事をします」
のように、具体的な日付と内容を盛り込んだ形で言い切る方が聞いている方も「むむ!」と心を動かされるのではないでしょうか。
自分が発した「行動促進語」は、自分だけでなくそれを受け取った人の行動をも促進するはずです。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.04.27 22:48
人の縁
2006.04.26
仕事には大きく分けて2つの側面があります。1つは自分で何とかしないといけないSide A。そしてもう1つは人間関係の中でうまくやっていくSide B。
どちらか一方に偏ってもうまくいきません。これは野球で言えばバッティングと守備と言えるでしょう。もちろん、もっぱら代打で打席に立つバッティング屋さんや、抑え投手のように「専門職」に身を置いてその力を存分に発揮する人も少なくありません。
でも、そういう「専門職」な人が活躍できるのは、打撃も守りも総合的にこなせるチームに身を置いているからこそです。ナインが全員抑え投手という守り一徹なチームでは押さえることはできても得点することは難しいでしょう。
そう考えると、どんなに高い専門性を持っていても、それだけでは心許ないことになります。つまり、チームでうまくやっていくためのコミュニケーション能力のようなものが仕事をする上での与件となってくるわけです。
まぁ、ここまではよく言われていることなので、じゃぁ具体的にどうすればいいかということになりますと、人付き合いを円満にしていく秘訣を、ということになるわけですが、そうなると「人脈作りテクニック」のような一般論になってしまって結局「だから、どうすればいいのさ!」という堂々巡りに陥りがちです。
私自身のこれまでを振り返ってみますと、今まで実にたくさんの種類の仕事をさせていただいてきましたが、どんな仕事も例外なく人の「縁」から生まれたものです。
「縁」というのは不思議なもので、待っていても訪れず、かと言って追いかければ逃げていくものです。改めて振り返ってみると、必要な時に必要な人が現れてくれて、その時に自分がいちばん必要としていることを提供してくれていることに気づきます。
しかも、「こういう人がいてくれたらなー」と思っているときは現れず、「仕方がないから自分で何とかしよう」と覚悟を決めて取り組んでいると、どこからともなくやってきてくれるものなのです。
ポイントは「覚悟」です。覚悟が決まらないうちは「この人はいったい何をやりたいんだろう?」としか思ってもらえませんが、ひとたび覚悟が決まれば、「そういうことをやりたいのなら、うってつけの人がいますよ」などと言って紹介してくれる人が現れるのです。
最初から人を頼りにするのではなく、まず自分でやってみる、という気概がオーラとなって人を寄せ付けるのかも知れません。つまり、Side Aの強い覚悟が裏面のSide Bにまで浸透して、人を動かすことになるわけです。
皆さんは今の仕事にはどんな覚悟で臨んでいますか?
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.04.26 23:54
パッション
2006.04.25
先日、一緒に仕事をさせていただいているパートナー企業で打ち合わせがありました。昨年から進めている業務に関するもので、主担当のOさんと、この4月から中途入社したHさんの3人で行われました。
Hさんには初めてお会いしたのですが、おそらく私よりも若く(27歳くらい? って年上だったらどうしよう…)、まだ転職してきたばかりという雰囲気でした。今までは主担当のOさんと2人で取り組んできたのですが、Oさん自身は他の業務と掛け持ちのため、なかなか前に進められずに苦悶していました。
そんな折、4月からHさんを迎え、彼が専任でゴリゴリ押し進めてもらえることになったこともあり、Hさんの「面通し」も兼ねての打ち合わせだったわけですが、ちょっと「むむむ?」と思うことがありました。
それは、Hさんが今回の打ち合わせのために作った「今後の業務の概要資料」を説明をしてくださっていた時のことです。確かにその通りだと思うし、そういう方向で進めれば良いよね、と3人でも頷きあってはいたのですが、何というかその資料がまっとうすぎる、というか、もっと言えばHさんの「オレがやるんやで!」というパッションが薄いように感じたのです。
Hさんが前職でどんな経験を積まれたのかは聞かなかったのでわかりませんが、彼なりに何らかの目的なりやりたいことなりがあってこの会社への転職を決めたはずですから、極端に言えば言動1つ1つに、あるいは作る資料1枚1枚に彼なりの思い入れのようなものが入っていても不思議ではないと思うのです。
言われたことをやるよりもやりたいようにやる方が絶対に楽しいはずですし、そうであってこそ自分がやる価値があるというものです。作った資料を見せて「あぁ、なるほど。それはいい感じだね」と言われれば安心できるかも知れませんが、それでは越えるべきハードルが一切ない“平坦な直線コース”に過ぎないでしょう。そういう、他の人がやっても同じ結果になるようなオンビンなやり方よりも、「えー、ホントこんなことできるのー??」と人を不安がらせるぐらいの方がきっとやりがいがあるはずです。
そんな思いがあったので、差し出がましいとは思いつつ、
「で、Hさんとしてはどういう風にしたいんですか?」
と質問してみました。ある程度は予想していたのですが、やはり、
「まだ入って1ヶ月たっていないので、とりあえずやりながら考えてみます」
という回答でした。ちょっと煮え切らない感じなので、さらに食い下がって、
「うーん、何というかHさんのこの仕事に対するパッションみたいなものってありませんか? 誰もが認めるあるべき姿ではなくて、Hさんなりに思い描いていらっしゃるゴールというか…」
資料を見つめながらしばし沈思黙考に入ってしまったHさんを前に、初対面の人に何言ってんだオレは…、と思いつつ待っていると、
「…あぁ。そうですね。言われてみれば、確かにあまりそういうことは考えてなかったです」
「僕らはすでにいろいろやってきている分、確かにいろいろわかっている面はあるんですが、逆に言えば、知らない時の気持ちで考えることが難しいんですよね。その点、Hさんならフレッシュな気持ちで考えられるはずなので、僕らが思いつかない視点で何かアイデアを出していただけるんじゃないかと思うんです」
「なるほど」
事情がわかる人同士で仕事をする方が効率が良い場合もありますが、今回のように異なる経験を持った人が集まって一緒に仕事をすることによって初めて得られることというのもあるのではないかと思っています。上からの物言いっぽくて本当に厚かましい限りなのですが、今後のHさんとの仕事がどう進展していくのかが楽しみです。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.04.25 23:44
自分を“定点観測”する
2006.04.24
前回は、時間帯ごとにそれぞれ最適な仕事をする話を書きましたが、今回は時間の捉え方について。
1日の中で人の体温は時間帯によって大きく変動しているそうです。ちょっと古いですが、日経ビジネスアソシエ・2006年4月4日号によると、朝型と夜型の人とでこの体温変動の波がまったく異なるとのこと。
例えば、朝型の人の体温は深夜に底を打ち、午前中に向かって上昇、お昼ぐらいにピークを迎えます。一方、夜型の人のピークは言うまでもなく夜。そして、起きて活動を始めなければならない朝に体温が最低水準まで下がっています。
私自身は、いかんいかんと思いつつ毎晩早くても深夜2時まではPCに向かっています(遅いと4時を過ぎます)。起きるのは7時過ぎで、気を抜くと10時を過ぎることもあります。でも、起きている間の仕事配分には自分なりのポリシーを適用しており、くっきりと色分けがされています(前回書いたように、午前中は「作り上げる」、午後は「こなす」、夜は「整理する」)。そんなこともあり、一概に「早起きがベスト」とは言い切れないところもあるように思っています(開き直り?)。
大切なことは、自分の生理的なペースを知り、これに合わせて最適な仕事のフォーメーションを組むこと。そのためには、どの時間帯にどんな作業がマッチするのかを日々意識して、できればブログなどに記録をしていくと、後々役に立つでしょう。
ブログに書くのであれば、「折に触れて」とか「思いついた時に」ではなく毎日同じように書く方がベターです。気温や湿度を毎日同じ時間に記録して初めて正確な天気の予報ができるのと同様に、思惑や先入観を排除して、純粋に自分の毎日の定点観測結果に基づいて傾向を知り、行動パターンを導き出すことで、本当にしっくりくる時間帯戦略が描けると考えています。
そのようにして書かれるブログは、自分を客観的に知るための百葉箱のようなもの、と言えるでしょう。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.04.24 23:55
「パス」をつないで「シュート」を決める
2006.04.21
例えば、同じ3時間という時間を前にしても、出社したての朝9時の前に広がるランチまでの3時間と、定時を迎えた18時から臨む残業の3時間では見える風景がまったく異なります。
朝の3時間は、外も明るいですし期待と希望に満ちた
「さぁ、今日もがんばろう!」
という意気込みが後押ししてくれそうですが、夜の3時間は、外はすっかり暗くなり、オフィスもどんどん人が退けていく中で
「あぁ、今日も予定が遅れまくり…」
という暗澹たる気持ちで過ごすことになりがちです。
このように、数量的には変わらないのに、その時によりそのモードにより大きく変動するのが時間です。
そこで、最近その日一日のスケジュールを立てる時に気をつけているのが「どの時間帯にやるか」という視点です。冒頭に書いたように、朝の時間は精神的に余裕がありますが、夜の時間は急き立てられるような心境になるため、それぞれの時間帯ごとにふさわしい仕事を割り当てるようにしています。
例えば、ざっくり朝・午後・晩という3つに分けると、以下のような感じです。
1.「作り上げる」仕事は、なるべく明るいうちに
(新しい企画を考える、サービスを設計する、ブログを書く)
2.「こなす」仕事は、太陽が傾き始めてから
(手順が明確であまり頭を使わなくてもいいようなルーチン業務など)
3.「整理する」仕事は、日が落ちてから
(こぼれた仕事の立て直し策の検討、メール返信、ブログのねた整理など)
特に夜は新しいものを生み出すよりも、そのための土台作りや翌日に向けた根回しをすることに時間を使うようにしています。
何かをつくり出すというヘビーな実作業ではなく構想作りやメール返信といった比較的ライトな作業であれば、疲れている夜でも無理なくできるでしょう。そして、これら夜の「下準備」や「整理作業」をしておくことで、翌朝のエンジン全開になった自分に引き継がれ、スムーズに「作り上げる」モードに入ることができます。
それぞれの時間帯に最もふさわしい、やりやすい仕事を行うようにすることで、その時間帯の生産性が上がるだけでなく、1つの時間帯の成果が次の時間帯への「センタリング」となり、それが適切であれば「シュート」が決めやすくなると思うのです。
各時間帯ごとに、その「ポジション」でやるべきことをきっちりやれば、他の時間帯の仕事がスムーズになります。このように時間帯の間での「パス」がうまくつながれば、得点のチャンスはぐっと広がるはずです。
#ちなみに、このエントリーは昼前に書き上げていたのを夜まで寝かせておいて、少し推敲したうえで夜にアップしています。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.04.21 21:47
続・初対面の人と話す
2006.04.20
昨日、名刺交換した初対面の方の1人、社員4名の会社を率いるSさん(たぶん同年代くらいと推察)とたまたま途中まで行き先が同じだったため、電車+徒歩で30分ほどご一緒させていただきました。
*:「今の会社に移られる前はどんな仕事をされてたんですか?」
S:「ま、法人営業ですねー」
*:「なるほどー」
S:「えぇ」
(うわっ、話が終わっちゃったよ。なんか他に話題!話題!)
*:「そういえば、以前いらした会社とは実は僕も一緒に仕事をしたことがあるんですよ」
S:「そうなんですか」
*:「えぇ。あの会社の××っていうASPをクライアントに導入する案件で」
S:「あぁ」
*:「あのシステムは当時としては画期的でしたよね」
S:「そうですね」
(そうですよね…。やっぱ、過去トークはだめですね…)
このように序盤はかなり苦戦しました…。そこで、伝家の宝刀、「これからトーク」。
*:「Sさんの会社でいま課題になっていることって何ですか?」
S:「うーん…そうですねー。頭の中ではいろいろと描いているイメージがあって、それを実現するためにやるべきこともはっきりしてるんですけど、まったく時間が足りないってことですねー」
*:「なるほどー」
(お? キタ?)
*:「じゃ、これがあればブレイクスルーしそうだ、みたいなことってありますか?」
S:「やっぱり人が足りないんですよ。今のペースだと全然話にならないので、もっとスピードを上げていかないと」
*:「ふむふむ」
S:「あ、今ですね、あちこちに法人営業かけまくってきて、ようやくそれなりにパターン化できつつあるので、それがカッチリ固まってくれば、新人でもすぐに戦力になるので、もうちょっとっていうところですね」
*:「いいですねー。いやぁ、僕はあまりアトサキ考えずに、今楽しいことに夢中になっちゃうんで、長期的展望をはっきり描かれているのはすごいと思います。」
S:「いやいや」
(だいぶ打ち解けてきた)
*:「でも、そんな感じだとGWとかもけっこう仕事もりもりな感じなんじゃないですか? ていうか土日は休めてます?」
S:「うーん、半日寝て、半日仕事ですかねー」
*:「あぁ、やっぱりそうなりますよね」
S:「でも、釣りが趣味なんで、少しまとまった時間ができたときは、例えば2時間だけとか、ササっと釣りに行って来たりはしてますよ」
*:「2時間集中して釣るんですね。その2時間に賭けている釣り人って何だか鬼気迫るものがありますね(笑)」
S:「ははは(笑)」
(笑ったーー!)
*:「釣った魚は…」
S:「その場で逃がしちゃいますね」
*:「おぉ、キャッチ&リリースですね。でも、ちゃんと仕事とは別の世界を持っているのは良いですね。僕なんかは趣味がブログなのに、ブログが仕事になっていて、もうぐちゃぐちゃですよ」
S:「わはは(笑)。でもいいじゃないですか。本も出るそうですし」
*:「あ、そうなんですよー」
最初は沈黙が重苦しかったりもしたのですが、趣味の話が出てからはスムーズにストロークを交わせるようになり、初対面の人と話すときに目標としている、
「相手から、愛想笑いではない、心からの笑顔を1回でも引き出す」
こともできたので、個人的には“大漁”な一日でした。
Sさん、ありがとうございました。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.04.20 22:10
初対面の人と話す
2006.04.19
今週も折り返し地点の水曜日が終わろうとしていますが、今日は今週最初の外出日でした。
月曜日と火曜日はどこにも出掛けずひたすらブログを書いたりプロットを考えたりプログラムを組んだりといった沈黙の1日が2回ループしました。そして今日、久しぶりに外出してみたら、すっかり暖かく、というか暑くなっていて、電車に乗るのも何だか懐かしく、訪問先の会社がある渋谷の人混みをおっかなびっくりしながら運歩(うんぽ)して、どうにか無事に帰還しました。
今日は3人の方と名刺交換をさせていただきました。もともと人見知りなたちで、初対面の方と話すのは苦手な性分なのですが、シゴタノ!というブログを始めて以来、何となく意識するようになったのは、
「初対面の人とでも臆せず楽しく会話ができるようになればいいのに」
という願望でした。そんなことを考えながら誰も居ない部屋でボーッと過ごしていたら、やにわに次のようなアイデアが降りてきました。
「それが実現すると、およそ人という人に出会ったら漏れなく楽しく会話ができるのでは?」
あぁ、そうか! と思い、それ以来「どうしたら初対面の人と楽しく会話ができるか?」ということを日夜考えるようになりました。考えるだけでなく実際にいろいろと試してみました。
目標は、
「相手から、愛想笑いではない、心からの笑顔を1回でも引き出す」
というものです。
時にはスルーされ、引かれ、顰蹙を買いながら(たぶん)、ようやく、おぼろげながら形になって見えてきたことは、
「相手の過去に踏み込むのではなく、今や未来についての質問をする」
というポリシーです。過去は、ある人にとっては触れて欲しくないものであり、またある人にとっては輝かしい栄光の日々であり、と様々です。タイプ分けをするなら、
1.触れて欲しくない人は「今に見ていろ」系
2.輝かしい栄光を持つ人は「今や昔」系
ということになるでしょうか。共通するポイントは、いずれも「今」が“底値”だということです。そして生きている限りは「これからもどんどん下がろう」と考えている人はまれなはずで、たいていの人は「これからは昇り調子でがんばろう」という少なからずポジティブな思いを抱いていることでしょう。過去を悔やむ人はいても、未来を悔やむ人はいないのです。
そう考えると、思わぬ地雷を踏みかねない過去に果敢に攻め込むよりも、可能性に満ちた未来について語り合った方が、お互い心穏やかに時を刻むことができるはずです。
今日お会いした方は、起業して3年目か4年目で、4名の社員を率いる経営者でした。どちらかというと寡黙なかたで、もっぱら私の方からいろいろ質問攻めをさせていただいてしまいました(ご迷惑に感じていなければいいのですが…)。
質問の時に気をつけたのは、上記のポリシーに従って、もっぱら「これからのこと」や「今のこと」に絞ること。
その結果については…、また明日。。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.04.19 23:45
毎日続けることで初めて見えてくるもの
2006.04.18
皆さんは「毎日これだけは続けている!」という習慣、あるいはしきたりのようなものはありますか?
私の場合は、いくつかありますが、ひとくくりにすればブログです。
現在、以下の5つのブログを平日のみ(一部は土日も含めて)毎日更新しています。
1.4行日記(毎日)
2.シゴタノ!(平日のみ)
3.格言日記(毎日)
4.なぜろーぐ(平日のみ)
5.今日の仕事のコツ!(平日のみ)
数えてみると1週間に29エントリーを書いていることになります。我ながら呆れる分量です。この「SOHO考流記」を含めれば30を超えることになります。
なぜ書き続けるのか、ということについては、4/20(木)発売になる拙著『「手帳ブログ」のススメ』で詳しく書かせていただいたので、今日はそのサワリの部分だけご紹介したいと思います(こちらで書籍の内容を簡単にご紹介しています)。
まず、なぜ毎日書くのか? それは、変な話ですが、毎日書くことによってしか書けないことがあるからです。
1日に1エントリーであれば、例えば10分で1エントリー書ける人は10分で済みます。それが、3エントリー書くことになると30分必要になります。10分程度なら比較的簡単に確保できそうですが、30分となるとちょっと難しくなってきませんか? ましてや6本となったら、1時間です。もはや睡眠を削るほかなくなります。
時間だけではありません。日々、何かを経験しながら、その瞬間に去来したことをもとにしてしか書けないことがあります。つまり、常にその日に仕入れた「ネタ」をその場で「料理」してしまわなければ失われてしまうことがあると思うのです。
例えば、仕事で思うように進まなかった毎日が続いた後に、やにわにうまい解決方法を見つけたような場合を考えてみましょう。その時の嬉しさや快感、あるいは今後も同じような難問にぶつかった場合にどのようにすれば効率よくクリアーできるたかを今後のために残しておきたいものです。
そこで、その時の気持ちが冷めないうちに、「未来の自分」のために心がけるべきことを文章にして残しておきます。残しておくことで、たとえ時間がたって気持ちが冷めてしまったとしても、その文章を読み返すことによって、その時の気持ち思い出すことができます。解決手順を忘れてしまったとしても、やはり読み返すことで思い出すことができるでしょう。
とはいえ、毎日のあらゆることを記録することは不可能です。そうすると必然的に記録の対象となることは絞られてきます。結果として、記録に残る「ネタ」や「ノウハウ」は、厳選されたものになります。ギリギリの制約の中で生き残った「ネタ」は、そのつもりがなくても、残すだけの価値があると判断したものということになります。
つまり、書くという行動を通して、無意識に「価値判断」を行っているのです。これを毎日行った人とそうでない人とでは、おそらく価値を判断する力において差が出てくるのではないでしょうか。
このように、毎日続けてみて初めて見えてくる何かは、文字通り実際に手を動かしてやってみなければ見えてこないと言えるわけです。
頭で考え始めると手が動かなくなりがちなので、とりあえず何かを思いついたら行動してみる。ブログであれば、テーマを決めたらとりあえず無料ブログでもいいのでページを作って書き始めてみる。
いろいろと試していく中で自分に合ったテーマに出会えたり、書きやすいスタイルが見つかったりするものです。逆に言えば、あれもいい、これもいい、と考えあぐねている間は、何ものにも出会えず、自分なりのスタイルも確立することはないでしょう。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.04.18 13:25
わかり切っていることでも残しておく
2006.04.11
前々回、「考えなくてもわかること」もある程度は形式知化できる、ということを書きましたが、今回はそれについて考えてみます。
仕事で、いろいろと苦労した末に「これならイける!」という方法論を編み出したとします。方法論とは言え、それはまだ体系化されていない断片的なものかも知れませんが、もし同じ仕事、もしくは似たような仕事を再び行うことになったとき、前回よりもラクにできるようになればうれしいのではないでしょうか。
ラクにできるようになるためには、苦労から得られた、まだ形になっていない断片的なコツを人に説明できるように整理しておくといいようです。
例えば、仕様書をもとにプログラムを作るという仕事を考えてみます。仕様書を読みながら、そこに書かれている内容をプログラムでどのように実現するかを考えることになるのですが、方法論が確立していない段階では、「ステップ・バイ・ステップ」とか「理路整然」というより、「勢い」とか「気合い」とか「行き当たりばったり」といった言葉の方がふさわしい状況が展開されます。
どうにかこうにかプログラムが仕上がったものの、仕様書の内容からモレがあったり、誤解があったりすると、手戻りが発生します。ロジック(条件)が不足しているだけなら、例えばif文を追加するだけで済むかも知れませんが、根本的な仕様理解ミスが発覚した場合は、最初から作り直すハメになることも。
そこで、「どうしたらこういう痛い目に遭わずに、もっとスマートにプログラムを作れるようになるのだろう?」という自問をします。
この結果、仕様書を読むときに気をつけるべきこと、コーディングを始める前にチェックすべきこと、などチェックポイントをいくつか設け、各チェックポイントでOKにならない限りは先に進まないようにすることで、確実に仕事を積み上げていくことができるようになります。
こういった仕事のやり方・進め方は、個々人の中に蓄積されていくものですが、チーム内でシェアしていくことによって、自分では思いつかなかったようなより良いやり方を知ることができたり、他のメンバーのアイデアがヒントになって新たな方法論が確立したり、といった効果も期待できます。
その際に必要になるのが、自分ではわかり切っていることでも、他の人にもわかるような形で文章にまとめるという習慣です。これは、チームでの「やり方シェア」のためには必要不可欠なことですが、実は自分自身のためにも大いに役に立ちます。
常に同じ仕事をやっていれば、「わかり切っている」ということであまりありがたみは感じないものですが、例えば、何ヶ月も前にカットオーバーしたシステムのトラブル対応やメンテナンスが発生した時には、当時は「わかり切っている」ことであっても、今やすっかり忘れてしまっていることが少なくありません。
そんな時、文書化された資料があれば、安心して作業に当たることができます。もちろん、考えれば思い出すのかも知れませんが、すべての手順をモレなく思い出せるかは保証できませんし、「これで大丈夫だよな?」という不安を抱えながらの作業では精神衛生上よろしくありません。
このように、自わではよくわかっていること、考えなくてもわかることでも、人に伝えるつもりで書き残しておくと後で大いに助かる、ということもあるわけです。
すでに実践されている現場もあると思いますが、こういった情報共有を図っていく上ではチームで専用のブログを立ち上げておくのが良いでしょう。メーリングリストでもシェアはできますが、メーリングリストはどちらかというとフロー情報に向いているため、今回のように後から参照することが想定されるストック情報がメインであれば、月別やカテゴリー別で整理できるブログの方が適していると言えるでしょう。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.04.11 23:46
仕事をすることの楽しさ
2006.04.05
毎日の仕事、楽しんでますか?
「いやぁ、まだ数日前に入社したばかりなので楽しいとか言う以前に毎日がジェットコースターです…」
という新入社員もいらっしゃるでしょうし、
「仕事なんて楽しいわけないじゃないか! こちとら仕事が終わったあとのビールを楽しみにイヤイヤ仕事やってんだい!」
というべらんめいな方もいらっしゃるかも知れません。でも、もしそうだとすると人生の大半を占める仕事が苦痛ということになりますね。人生の最初の20年と最後の数十年を除けば、仕事の密度はもっと高まります。
仮に21歳で社会に出たとして、定年の60歳までの40年間という時間を考えたとき、1日10時間、年間約220日間働くので(月に20日間働き、有給休暇20日間を取得)、
10時間×220日×40年=8万8000時間
およそ9万時間です。40年間という母数は、
24時間×365日×40年=35万400時間
ざっくり36万時間です。そのうち3分の1は睡眠時間と考えると、
36万時間−(36万時間÷3)=24万時間
この24万時間という可処分時間のうち9万時間が仕事の時間なわけですから、
9万時間÷24万時間=37.5(%)
つまり4割近い時間が仕事の時間です。実際には残業があったり休日出勤があったり、資格取得の勉強やらセミナー参加など純粋に仕事とは言えないものの「準仕事」な時間も上乗せしていくと、簡単に5割を超えるでしょう。
つまり人生で自由に使えるうちの半分以上が仕事の時間として引き当てられているのです。
そう考えると、仕事以外の自分で自由に使える時間はもちろん、仕事をしている時間も楽しくできれば人生全体が楽しくなると言えるのではないでしょうか。
「仕事でしんどい思いをするからこそ、休日が楽しいんじゃい!」
という意見もありそうですが、あえてしんどい思いをしなくても、仕事には仕事ならではの楽しさもきっとあると思うのです。
私が最初に入った会社では、仕事の楽しさについて上司から次のような話を聞きました。
「遊びも楽しいものだが、仕事は楽しいものである」
「遊びの楽しさが一過性のものだとすれば、仕事の楽しさはスルメのように噛めば噛むほどじわ〜っと味わいが出てくる奥深いものだ」
もう10年も前のことなのでややうろ覚えなところはあるのですが、遊びと対比しながらの説明は、当時の自分でも腑に落ちるところがありました。そして今の自分は「シゴタノ!」というくらい仕事を楽しくしています。
趣味は仕事と言い切ってはばからないような、いわゆるワーカホリックになる必要はありませんが、どんな仕事にも自分の関心をくすぐるところがあるものです。そういう片鱗を感じたからこそ、今の仕事に就いているはずですから、楽しさのモトであるその小さな芽を大きく育てていくことが大切だと思うのです。
そして、実は、育て上げた結果にではなく、育て上げるプロセスに楽しさがあります。
例えば、
・最初は、さっぱりわからなかったプログラミングが、今では後輩に教えることができるくらいに習熟した。
・最初は、何日もかかっていた企画書作りが、今では半日もあればできる。
・最初は、ビクビクしていて何をどう話したらいいかわからなかった営業が、今では相手の言外の要求を汲み取りりつつ、雑談をまじえてコミュニケーションを楽しむ余裕さえ持てるようになった。
などなど、仕事には「自分の変化」とか「成長」を確認できるという特徴があるわけです。
休日の楽しみが、いろいろな趣味やネットワークに自分を解放することで得られる広がりだとすれば、仕事の楽しみは、特定の領域に自分を集中投入させることによって得られる手応えだと言えるかも知れませんね。
(前回の続きはまた後日に…)。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.04.05 23:30
習うより倣う
2006.04.01
前回は、「考えればわかること」についてくどくどと書きましたが、今回は、2つめの「考えなくてもわかること」について考えてみます。言い換えれば、私の知識の及ぶ範囲でこの問題に取り組んでみます。
2.考えなくてもわかること
「考えればわかること」は言ってみれば誰にでもできることです。方法や手順を明文化して伝えることが可能な形式知と呼ばれる知になります。
マニュアルは、誰か一人が考えてわかったことが明文化されたものであり、マニュアルを活用することによって、他の人は考えるプロセスをスキップすることが可能になります。
前回「もう少し考えて行動せーやー!」という叱責がありましたが、同じことを言われないようにするためには「次に何をどうすればいいか」を形式知化しておけば良いことになります。つまり、自分のための行動手順を言葉にしておく、ということです。
一方、「考えなくてもわかること」は暗黙知と言い換えることができるでしょう。つまり、人に伝えることが非常に難しい、あるいは不可能な知です。
例えば、仕事で初対面の人と話す場合、その相手がどのような人なのかを見抜く力というのは知識の積み上げでは向上させることができません。「考える」のではなく「感じる」必要があるのです。
「感じる」という行為に知識の多寡は関係しません。時々、小学生くらいの子どもに鋭い指摘をされてヒヤッとすることがありますが、彼らは「考えて」発言しているのではなく「感じたままに」言葉を発しているのです。
大人になればなるほど増えていく知識が邪魔をして「感じる」アンテナが鈍ってしまうものですが、仕事ではこのアンテナをびんびんに立てておくことが実は大切だったりします。
なぜなら、仕事は「考える」ことだけで成り立っているわけではないからです。温かい血の通った人間がいて、日々彼らと相互に対話をしながら「感じて」「考えて」というコミュニケーションを繰り返しています。
初対面の人がどういう人かを見抜く力は、当てずっぽうでもいいから「この人はきっとこういう人だ」という判断を下して、実際の結果と比較しながら、判断とのギャップを埋めていくことでしか磨くことができません。
期待が裏切られたり、騙されたり、といった痛い目に遭うこともあるかも知れませんが、そういった感覚に訴える経験が見抜く力を養うのです。直感が研ぎ澄まされる、と言い換えてもいいでしょう。
「習うより慣れろ」という言葉がありますが、これは、「考えればわかることを捨てて、実際に自分で痛い目に遭いながらわかっていけ」ということになります。ただ、やみくもに痛い目に遭いにいくのはそれこそイタイ話なので、道しるべとして、先達のやり方に倣うというコツがあります。
先輩や上司から習うことができるのは「考えればわかること」だけです。「考えなくてもわかること」は、彼らの行動を倣うことによってしか習うことができません。
ここまでのところを格言風にまとめるなら、
「人から習ったことが身につくのではない、人に倣ったことが身につくのだ」
ということになるでしょう。
とはいえ、「考えなくてもわかること」もある程度は形式知化することができます。
これについてはまた次回に。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.04.01 23:15





