読むのが先か、会うのが先か
2006.06.29
一昨夜は、あすなろBloggerとあすなろBLOG運営チームの懇親会だったのですが、今まではサイトに掲載されている顔のイラストとテキストからしか推し量れなかった人物像が、実際にお会いして、お酒を飲みながらお話をさせていただくことで、より深く知ることができました。
ふと思い出したのが、先日参加した「持続可能なブログ会議」というセミナーで橋本大也さんが使われていた「帯域」という言葉。
先の例で言えば、イラストとテキストだけで“伝送”できる情報量には限りがありますが、実際にお会いしてお互いに顔をつきあわせ、声を聴き、仕草を目にし、同じ話題で盛り上がったり、共感を覚えたり、といった“帯域”の広いコミュニケーションを通して初めて見えてくることがあるわけです。
とは言え、逆もまた真なりで、相手の書く文章の内容だけで人柄や性格などを想像する方が、よりその人の本質に迫れるということもあるでしょう。この場合、体格や表情や声色、あるいはファッションといった五感を通して入ってくる付加情報がむしろノイズとなって“本性”が霞んでしまうのです。
それでも、しばらく言葉を交わしていると「あぁ、やはり目の前にいるこの人は、確かにあのような文章を書きそうな感じがするな」という“しっくり感”が訪れます。
「文は人なり」という格言がありますが(出典はビュフォンの「文体論」の“The style is the man himself.”の直訳)、まさにその通りで、文章にはいくら繕っても書き手の人格が少なからず投影されてしまうものです。
ちなみに、ビュフォンはフランスの博物学者で、ダーウィンより先に進化の仮説を提唱した人物として知られていますが、実際にダーウィンに引き継がれたのはビュフォンに師事していたラマルクの研究であり、彼の「種は変化しているにちがいない」という考え方がダーウィンの『種の起源』に強い影響を与えたとされています。
参考:松岡正剛の千夜千冊『動物哲学』ジャン・バチスト・ド・ラマルク
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0548.html
上記の論考で目に留まったのが以下の一節。
ラマルクのダイナミズムには、もうひとつの特徴があった。それが「グラデーション」というもので、生物進化における漸進性が強調される。
ラマルキズムはその後の科学思想史では、しばしばとんでもない飛躍に富んだ突飛な思想とおもわれがちなのであるが、実のところはラマルクは「飛躍」よりも「漸進」を好んでいた。自然界や生物界における大小の時計の進みを勘定に入れていた。
これを読んで「持続可能なブログ会議」のゲストスピーカーとして登壇された樋口健夫氏(「アイデアマラソン」の創始者であり、今なお毎日70個のアイデアを紡ぎ出すことを自分に課し、そして実践し続けている方です)の言葉が蘇ります。
かいつまんで紹介すると、
●日々アイデアを積み上げていく際にごくわずかでも自分の考えを入れる
●ブロックの間に自分の考えという“セメント”を入れないときちんと積み上がらない
●毎日一定量記録し続けること
●毎日何かを書いていくことが大切
●ほんのちょっとした発想が決定的な差を付けるポイントになる
●それが人生を大きく変える
●しかし、船と同じで急には曲がれない
●人生はちょっとずつしか曲がれない
といった内容で、特に最後の「人生はちょっとずつしか曲がれない」という部分はまさに進化における漸進性であり、同じような構造があちこちに見受けられることに気づかされます(フラクタルというか)。
ブログも例外ではなく、日々書き続けているからこそ、内容はもちろん書き手も少しずつ“進化”していくのだと言えます。
そんな進化の一環として、「あすなろBLOG」でも7月から何名かの新たな「あすなろBlogger」を迎えるそうで、実は一昨夜の懇親会にも同席していました。彼らとは、イラストもテキストも見ないうちから実際に“広帯域”なコミュニケーションを交わしてしまったので、もはや“本性”が霞んでしまっているかも知れません。。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.06.29 01:14
相手の立場を想像して先手を打つ
2006.06.28
何かを説明する際にストーリー仕立てにするとわかりやすくなることがあります。そして、そのストーリーの中に誰もが知っているキャラクターが登場するとさらにわかりやすさが増すものです。
ということで、昨日からスタートした「ITMedia Biz.ID」の連載「シゴトハック研究所」で取り入れてみました。
ITmedia Biz.ID:一日に決めた予定がこなしきれない(実践編)
http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0606/28/news006.html
ここに登場するマサヨシ課長とヒロシ主任はそれぞれ実在する企業の経営者がモデルになっています。一緒に掲載されているマンガをご覧いただくとより確信が深まるでしょう(特徴をうまく捉えて描かれています)。
なお、このマンガは『「手帳ブログ」のススメ』でもご協力いただいたふじたきりんさんに描いていただいています。
ふじたきりんさん
http://fujitakirin.com/
この連載では、マサヨシ課長とヒロシ主任のほかに、マンガにも登場しているタカフミ君と、今後登場予定のノリオ課長の合計4人のキャラクターが登場します。
各キャラクターはあらかじめ性格付けがされており、
「タカフミ君ならきっとこう言うだろう」
「ヒロシ主任はこういうタカフミ君の態度が気にくわないんだよな」
「マサヨシ課長の口癖は、ウム」
などなど、それぞれの立場を想像しながら書いています。これが意外と難しく、同時に楽しい作業です。
考えてみると、このような「自分以外の人の立場を想像して、その人が言いそうなことややりそうな行動を先読みする」という作業は、普段の仕事でも何気なくやっていることのような気がします。
例えば「いかに相手にYesと言わせるか」という課題は、営業の現場でも、社内で上司の決裁を仰ぐ時でも取り組んでいるのではないでしょうか。
「こういう風に言えば、○○課長(上司)はきっとYesと言うに違いない」
などと無意識にシミュレーションをしているはずです。
最近読んだ『DEATH NOTE』というマンガでは、登場人物たちはセリフでは多くを語らず、心の内を独白するという手法が採られています。つまり読者だけが登場人物それぞれの心中や置かれた立場を知ることができるわけです。
登場人物同士は相手が何を考えているかは知りようがないため、それをいかに相手から引き出すかという心理戦がこのマンガの醍醐味の1つだと感じているのですが、仕事においてもこのような“駆け引き”が仕事のおもしろさを生み出すファクターになりうるのではないか、と考えています。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.06.28 02:30
ITMedia Biz.ID創刊
2006.06.27
ITMediaがBiz.ID(Business Identity)というコーナーを創刊しました。これまでのNewsと同じレベルに位置し、LifeHacks系の記事を中心に、百式の田口さんによるGTD解説やLifehackerの邦訳やLifeHacksを実践している人のインタビューなど、盛りだくさんです。
そんな中で、「シゴトハック研究所」というタイトルで連載をさせていただくことになりました。実践編と理論編からなる二部構成、今回は理論編。明日(6/27)に実践編が公開されます。今回は「一日に決めた予定がこなしきれない」というテーマで書かせていただきました。
実は、実践編が本編であり、理論編は前フリに過ぎません。実践編では『「手帳ブログ」のススメ』でもお世話になったある方のご協力で非常に愉快に仕上がっていますので、公開されたら是非ご覧下さい。
それにしても、3分LifeHackingというネーミングには思わずふいてしまいました。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.06.27 02:02
ネットカフェ4時間
2006.06.20
昨日は新宿で13:30から1時間半ほどの打ち合わせがあり、その後20:00から渋谷で人と会う、という2つの予定の間に5時間の空きが発生するスケジュールでした。もともとは夜の渋谷の予定はなかったのですが、新宿に向かって移動中に届いたメールで急遽決まったもの。
六本木ヒルズ森タワー49階にあるアカデミーヒルズ・ライブラリーという会員制の図書館(電源と無線LANあり)があるのですが、今年の初めからこのライブラリーの会員になり、今回のような外出中のちょっとした空き時間ができた時に、時間調整や溜まった仕事の整理やノートPCのバッテリー充電などの目的で利用しています。また、毎週日曜日の午後に翌日からの1週間の仕事の準備をするためにも利用しています(いわば週課)。
ただ、今回は5時間という空き時間がビミョウで、「新宿〜六本木」と「六本木〜渋谷」の2つの移動時間(合計1時間弱)がムダに思えて、何とか移動は「新宿〜渋谷」(20分程度)だけで済ませられないかと思案していました。
で、最終案は渋谷のネットカフェを利用する、というプラン。まぁ、思案するまでもなく「六本木に行くのがムダ!」と思った時点ですでにネットカフェという選択肢は頭に思い浮かんでいたのですが、そのネットカフェというのは今回のような渋谷で発生する空き時間(なぜか渋谷が多いのです)を埋めるだけに過去にも何度か利用したことがあるアプレシオというお店で、前回もらった割引券もあることですので(まんまと、という感じですが)、今回もここにお世話になることにしました。
私は夜の睡眠時間が4〜5時間で、その代わり昼に15〜30分の仮眠をとることを習慣にしているのですが、このネットカフェにあるリクライニングシートが仮眠には打って付けなのです(関係ありませんがドリンクだけでなくソフトクリームも食べ放題なのはダイエット中の私にとっては非常にやばいと思いつつ案の定2杯食べてしまいました)。
そんなわけで、15時に新宿での打ち合わせを終えて遅めのランチを食べ、渋谷へ移動。16時から20時までの4時間をネットカフェで過ごしました。ノートPCはいつも持ち歩いているので、電源だけ拝借して、ネット接続はエアエッジカードで確保。途中20分ほどの仮眠をはさみつつ集中して仕事を進めることができました(ちなみに、モニタも借りてデュアルディスプレイに)。
で、気になるお値段ですが、
・3時間パック(1400円)
・10分延長(100円)×6
・200円割引
という明細で、締めて1800円でした。どうなんでしょう、この金額。
もしこれが喫茶店だったら300円のコーヒーでがんばれば4時間ねばれるかも知れません。でも、電源、リクライニング、デュアルディスプレイ(勝手に)といったオプションはありません。
またアカデミーヒルズ・ライブラリーであれば、デュアルディスプレイは無いものの電源やリクライニングソファはありますし、そもそも毎月1万円弱の会費を支払っているのですから、1800円の追加出費はムダです。
とは言え、余計な移動時間を費やした結果、その時間を使えば片付けられたはずの仕事が翌日に先延ばしにされてしまう、ことを考えるとあながちムダでもないのかな、と自分を納得させている次第です。
それにしてもリクライニングシートは快適でした。シート脇にあるレバーを引くと、背もたれが少し後ろに倒れる、だけかと思っていたら、続いてフットレストがぐーんとせり上がってきて、身体が寝ているときに近い水平な状態になるのですね。おかげでカリッと気持ちよく仮眠がとれました。これも対価でしょうね(あとソフトクリーム2杯も)。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.06.20 21:40
「諦める」より「割り切る」
2006.06.14
先日、元いた会社の同僚(女性)ほか何人かと雑談をする機会がありました。
彼女(仮にB子さんとします)は、現在34歳で昨年会社の同僚と結婚。夫婦そろって引き続き同じ会社で仕事をしています。そんなB子さんですが、実は30を過ぎてからは結婚の見通しはなく、従って想定もしていなかったようです。そして都内のマンションを購入。
購入当初は「もし結婚相手が現れたらどうするのよ?」とか「ますます結婚から遠のくじゃない」といった周囲の同僚女性からの声を気に留めることもなく「だって、あのマンションすごい気に入ったんだもん」と屈託のない様子。「とりあえずしばらくは結婚することはなかろう」というスッパリとした割り切りがありました。
でもこの「割り切り」は「諦め」とは異なる姿勢であるように私には感じられます。
私たちは、何か大きな行動を起こそうとするとき「もしうまくいかなかったら元に戻せる」という保証を求めがちです。それは明確に意識していることもあれば、無意識に心に抱いていることもあります。いずれにしても、その「保証要求」が行動に少なからず影響を与えていることは確かでしょう。
例えば、B子さんのように「マンションを買う」という大きな決断をする時には「買ってしまったらローンが組まれ、おいそれと引っ越しもできず、会社を辞めるわけにもいかなくなる」という複数の縛りに同時に絡め取られることを覚悟する必要があります。
「会社を辞める」とか「起業する」、あるいはもう少しスケールを小さくして「引っ越しをする」という場面でも、レベルの差こそあれ「元に戻せる」という保証を捨てることになります。
とは言え、「元に戻したい」のは、状況が今より悪化したり不都合が生じたりした場合であって、実際にマンションを買ってみたり、会社を辞めてみたり、引っ越してみたりした結果、想像していなかったような良い結果が得られることもあるわけで、そうなれば「もう元には戻りたくない」という気持ちに即座に切り替わるでしょう。
問題は、「やってみなければわからない」という一点です。やってみる前からわかれば誰も苦労しないのですが、その苦労は「やってみる」というリスクを冒した人だけに与えられるご褒美の原資と言えるでしょう。誰もが労せずして簡単にできることであれば、実際にそれができてもたいして嬉しくないはずです。“オッズ”が低いからです。
B子さんは、マンション購入後に、それ以前から同僚として一緒に働いていた男性と結婚することになったのですが、マンションと結婚相手の2つは同時には見えていなかったようです。マンションを買うときはもうマンションまっしぐら。そしてそれが達成されると、ふと「あら、こんなに近くにいいオトコがいるじゃない」(と言ったかどうかはわかりませんが)と初めて彼のことを結婚相手として意識するようになったようです。
つまり、B子さんは、乱暴に言えば、猪突猛進なのです。目の前にあるものにとにかく突進していくという一見あぶなっかしい生き方のように見えます。でも、むしろそれが(彼女にとって)良い結果を呼び寄せているように思えます。
例えば、B子さんが購入したマンションは2人でも十分に住める広さだったようで、このマンションは無駄にならずに済んだ上に、夫となった人の収入の一部もローン返済に回せるようになったそうです。
時間の経過とともに周囲の状況はどんどん変化していきますし、自分自身も変わっていきます。そんな中では、何年も前に立てた計画にこだわるよりも、最新の状況における「今」の自分がやりたいことを追求する方が“打率”は上がるはずです。
昔の計画にこだわるのは、相手チームのピッチャーが交代して球種はもちろん守備のモードもガラリと変わっているのに同じスイングを繰り返したり、盗塁ミスで味方ランナーが刺されているにもかかわらず当初の予定通り犠牲フライを狙っているバッターに似ています。
B子さんは常に「今」に集中することによって、的確に球を捉え、見事ホームランを放ちました。
B子さんの生き方に倣うとすれば、「とにかくマンションを買ってしまう」とか「今やりたいことに突っ走る」という目に見える部分ではなく、「今を生きる」すなわち自分にとって今の時点での最良な見通しを持つ、というポリシーではないかと思います。
そして、その見通しからは外部要因を排除します。例えば「会社の業績が傾いたら会社を辞めよう」などのように選択基準を自分の外に置くことは、わざわざ自分の人生をコントロール不能にするようなものだからです。つまり、見通しの中に外部要因を入れることは、自分で考えるのを諦めることになるのです。
対極にあるのは、会社の業績が上向いていようと必要なタイミングになれば割り切って辞める、という姿勢です。
幸せそうなB子さんの話を聞きながら、ふとそんなことを考えました。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.06.14 10:26
「仕事に活かすブログ術・実践編」のまとめ
2006.06.10
遅くなりましたが、6/8(木)に開催された「仕事に活かすブログ術・実践編」のレポートです。
ご参加くださった皆さま、パソナテックの皆さま、ありがとうございました!
すでにご参加いただいた方々から何本か報告・感想エントリーがアップされているので、そちらに書かれていないことを中心に書きたいと思います。
1.仕事に活かすブログを作るコツ
書くときに気をつけていることとして、(特に4行日記では)「今日を振り返り、明日に引き継ぐ」ということを意識するようにしています。
振り返る際は、
・今日の良かった点は?
・今日の良くなかった点は?
・「これは新しい!」というポイントは?
などの質問を自分に投げかけて、出てきた答えを前向きに変換したうえで書きます。
特に「良くなかった点」を振り返ると、
「どうしてできなかったんだろう?」
「何度同じ失敗を繰り返しているんだろう?」
という自己嫌悪をしてしまいがちです。でも、そこはポジティブに受け止めて、以下のような質問に変換します。
「どうすれば次回は良くなるかな?」
「どうすれば明日の4行日記で良いことを書けるかな?」
もし今日の出来事が「良くない」と判断できることであったなら、実はチャンスです。「良い」と思えるためには、「良くない」ことが必要だからです。正義のヒーローは悪者がいてくれてこそヒーローです。悪者がいなくなったら、ヒーローは要りません。だから、ヒーローは悪者に感謝しないといけません。「あなたのおかげで私たちの良さが世間に知れ渡り、評判が上がります。わざわざ悪いことをしてくれてありがとう」と。
…アホなことを書いているようですが、先の話にぴったり当てはまります。今日起こった「良くないこと」という悪者を、ヒーローであるあなたがやっつけることによって、自信が回復するからです。
だから、良くないことがあっても、それを心の奥底に隠してしまわずに書いてみると良いと思います(内容によっては非公開のブログに書いた方がいいかも知れません)。
頭で思ったり考えたりしているコトよりも、身体を使って話したり書いたりしたコト、すなわちアウトプットしたコトの方が記憶に残りやすいと言われています。
いざ書こうとすると、考えていたことが思うように書けなかったりしますし、改めて文字にしてみると、書く前に想像していたのとは別の切り口が見えてきたり、といった体験ができます。さらに、書き残しておけば、後で読み返すことができます。読み返すことは、書いた時の思考をなぞること。例えば、ブログを読み返すことは、過去の自分(=他人)の行動をなぞる行為と言えます。
その時は未解決であったことでも時間がたって他人になった自分なら解決できるかも知れません。少なくとも別のアイデアが浮かぶ可能性は十分にあるでしょう。そして、この「なぞる」行為は、未来に同様な事態に直面した時を想定したシミュレーションをすることになります。つまり、次回の本番のための準備をすることができるわけです。
2.ブログを読み返すコツ
人は忘れる生き物なので、自分で話したり書いたりしたことでも簡単に忘れることができます。でも、単に思ったり考えたりしただけのコトと比べれば、忘れにくいことは確かです(相対的に)。
自分が話したことを正確に振り返るのは、録音でもしていない限り不可能ですが、自分が書いたものを振り返るのなら、そこに書いてあるコトを読み返すだけですから簡単です。
とは言え、他にも読みたい(あるいは読まなければならない)本や雑誌がたくさんある状況で、わざわざ自分で書いたものを読み返すことなんてナンセンスだ! ということはあるでしょう。
となると、読みたい本や雑誌を差し置いてでも、自分のブログを読み返すことを習慣にするには、以下の2つがポイントになります。
1.読み返すことが楽しくなる仕掛けを作る(他の本や雑誌を読むよりも)
2.読み返す作業をなるべくシンプルにする(おっくうを発動させない)
例えば、4行日記を読み返す際には、【教訓】パートだけを拾い読みするとか、【気づき】だけをざっと眺めるといった特殊な手続きを踏む必要が出てきます。この特殊性が「なんか面倒くさいなー」という気持ちを喚起してしまい、その結果、読み返しから関心を離れさせてしまいます。
そこで、この特殊性を一般化させるための仕掛けを作ります。私自身は、はてなダイアリーを使って、4行日記の各パートをカテゴリーにすることで、読みたいパートだけを抽出表示できるようにしています。
面倒なことは長続きしないものなので、「面倒くさいなー」と感じたら、すぐに「どうしたら面倒を解消できるか?」という質問を自分に問いかけて、対策を考えます。つまり、面倒なことを面倒なまま「仕方がない」と放置するのではなく、何とかできないかをあがいてみるわけです。
あがいてみた結果、うまいアイデアが浮かべば「あがいてよかった☆」という成功体験が刻まれます。成功体験があれば、次回はより少ない負荷で行動ができるようになるでしょう。この一連のプロセスで大切なことは、面倒と感じる度合い、すなわち「面倒感度」を研ぎ澄ませておくことと言えます。
3.週記を仕事に活かすコツ
読み返すこと以上に面倒なのが、「週記」という週に1度、1週間を振り返ってまとめ記事を作る習慣です。読み返すだけでも面倒なのに、改めて何かを書くというのではいっそう敷居が上がります。
上がってしまった敷居を下げるアイデアとしては、思わずやりたくなるような「楽しさ」を盛り込むことが挙げられます。例えば、私自身は週記として週刊のメルマガを発行しているのですが、内容は1週間に書いたブログから「これは実践してみよう」と思えるアイデアを1つ抜き出して「レシピ」という形に変換して書いています(今週の「やってみよう」というコーナー)。
この変換作業が楽しいので、この楽しさが後押しになって継続することができています。
さらに、このメルマガは1週間に書いたブログのダイジェスト版という性格も持ち合わせているため、日々のエントリーを個別に読み返すよりも手っ取り早く振り返ることができます。
どんな内容であれ、自分がブログに書き残したことというのは自分にとって大切なコトであったり、「これは書いておきたい」と思ったコトであることがほとんどですから、それだけ自分にとって純度の高い情報と言えます。
自分にとって大事な情報とわかっていても、量がたくさんあると「全部読み返すのは面倒くさいなー」という気持ちが先に立ってしまいます。この気持ちに負けないために日々のエントリーを週単位でまとめて週記というヒモで束ねることによって、情報を圧縮し、気軽に手軽に読み返せるようにするわけです。
週記に書かれる内容は、日々自分が書き残したことの「いいとこ取り」になるため、他のどんな書籍よりも自分にとって役に立つ、自分の為のノウハウ集、あるいは心得集になるはずです。つまり、週記が自分の仕事をカイゼンするための手段になるわけです。
以上、長々と書いてしまいましたが、こんな内容のお話をさせていただきました。
▼レポート一覧(アップ順;随時更新)
『仕事に活かすブログ術・実践編』にご来場ありがとうございました!今日のてっく | あすなろBLOG
8時50分、頭のストレッチ:仕事に活かすブログを続けるコツ
さがしものブログ: 仕事に活かすブログ術
いちごらいく: 仕事に活かすブログ術。。。
エンジニアリングのある風景: 仕事に活かすブログ術
nil admirali:Seminar : 仕事に活かすブログ術
SE(幸せエンジニア) - Blogを活用するということ
ニシハノススメ。 | Challenge015 「仕事に活かすブログ術・実践編」セミナー
trying.jp: 「仕事に活かすブログ術・実践編」に参加してきました。
編集者ぺこの自分改革: ブリリアントなカンフル剤
フロム35ライフ:仕事に活かすブログ術・実践編セミナー
※「書いたのに載ってない!」という方はすみませんが、このエントリーにトラックバックをいただければ、と思います。ただし、このブログのトラックバックは承認制のため、すぐに反映されませんので予めご了承くださいませ
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.06.10 00:53
「心のBer」
2006.06.07
もう何年も前に書いていたブログを整理していたら、友人のブログのある興味深いエントリーに言及したエントリー(ややこしい)がありました。以下はその「興味深い」エントリーの内容です。
最近、不思議なものを見つけた。
「心のBer」と名づけた。
Berといっても酒場のバーのことではなく
そう、棒高跳びのバーのようなもののこと。
気持ちをコントロールするため、あげたり下げたりすると
これが結構効果的だ。
もの凄く、Berを高く設定してしまうと、
かなりあせる。
とても無理だ!と思ってしまう。
逆に低いと、ぜんぜんやる気もでない、
なめてかかって達成感まるでなし。
飛べそうで飛べない、飛べなさそうで飛べるぐらいがいい。
それを見つけてからは、ずいぶん気持ちが楽になったし、
仕事も楽しめるようになった。
仕事の相談に来る人はそのバーの調整がどっかで
うまくいってないと感じていた。
焦り、怒り、不安、悩み、孤独感、懐疑心
どれも「心のBer」が高すぎたりすると
起こるんじゃないだろうか?
Berの設置は自分でやってるんだから、
自分で修正するしかないよね。
最近の自分は、これを日々自在に
調整することを目指している。
そうすれば、どんなことも怖くない。
昔から怒りっぽい自分は、
最近「ムッ」ときたら
Ber設定ボタンを押す。
「グイーン、グイーン、ガチャ」
2段階、下降設定終了。
「それで、どんなことでしたっけっ」 ってね。
皆さんもやってみてください。
なるほど~と思って、当時書いていた自分のブログで言及したのが、2005年5月4日。その言及エントリーを1年ちょっとぶりに、たまたま見つけて読み返したわけですが、不思議なもので、ここに書かれている「心のBer」という考え方は、先日書いた「ギリギリのストレス」の中でご紹介した『メンタル・タフネス』の発想とよく似ています。
改めて「心のBer」を読み返しながら、これはまさにオーバートレーニング状態に陥ってしまっている自分を一段階下のタフネストレーニングのレベルに落とすことそのものだ、と思いました。
「ギリギリのストレス」の中では、以下のように書いていたのですが、
バーベルのシャフトを握って少し力を入れたとき、まったくビクともしなければ、それは危険な重さと言えるでしょう。いくらインストラクターが「これくらいなら持ちあげられるでしょう」と言ってきても、最後は自分の感覚に頼るほかありません。
仕事の負荷を「タフネス」のレベルに維持することができれば、その仕事から継続的に充実感ややりがいという果実を得ることができるでしょう。
自分を甘やかしすぎず、かと言ってストイックに追い込みすぎないようにすることは、アスリートだけでなくビジネスパーソンにも当てはまる心がけと言えそうです。
「心のBer」でも
Berの設置は自分でやってるんだから、
自分で修正するしかないよね。
というくだりがあり、自分では「心のBer」のことなどすっかり忘れていたつもりだったのですが、実は無意識のレベルでこの概念だけは自分の思考の片隅にうずくまっていて、それが影響を与えたのかも知れません。
まぁ、それはともかく「心のBerを高く設定し過ぎているな」と感じられている方は、ぜひ下げてみてください。
例えば、日々盛り沢山な欲張りスケジュールを作っては、「こんなに沢山できっこない」と言いながら予定に入っていない現実逃避的な仕事にいそしんでしまうような状態は「Berが高い状態」と言えます。
理想の自分ではなくて現実の自分にフィットした無理のないスケジュールを作ることが、Berを下げることになります。
このように自分が置かれている状況を言葉に落とし(「心のBerが高い」など)、その状況を改善するために具体的に何をすればいいか(「無理のないスケジュールを作る」など)という、課題と対策のセットをたくさん持つことによって、それが自分の成長の証になり、自信が持てるようにもなるはずです。
なお、課題と対策のセットは自分の経験から“採取”します。自分が苦労して編み出した、思い入れの強いノウハウこそが自分にとって本当に役に立つものになるからです。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.06.07 15:12
仕事とプライベートを分けるのではなく…
2006.06.06
「仕事とプライベートをきっちり分ける」ことが、かっこいいことのように言われていますが、私は何となくそれだと寂しい気がします。例えば「土日はスカッと仕事のことは忘れる」などと聞くと、そんなに仕事が嫌なのかなあと思ってしまいます。かくいう私も、SOHOとして仕事をしていることもあって、土日も仕事のことを考えたり、考えるだけにとどまらず実際に仕事をしてしまうことが少なくありません。ほとんど無意識に「気づいたら仕事をしていた」という方が現実に近いです。 そんなわけで、藤田社長と同じく仕事とプライベートを分けることにはあまり意味がないと考えています。 「いつもここから」というお笑い芸人がいます。彼らの持ちネタの1つに「どけどけ」という特攻服姿で“あるある”なことを早口で絶叫するものがあるのですが、このネタを見るたびに「あぁ、それよくあるよねー」と思わず頷いてしまう彼らの観察眼に感心させられます。 舞台の上だけでなく、普段ネタ集めをしているところからすでに「どけどけ」が始まっているのだろうと想像されます。つまり、舞台に上がる前からすでにネタが始まっている、もっと言えば、本番と稽古とが継ぎ目がなく一体化しているように見えますし、実際そうなのだと思います。 さらに、休日であっても「なんか面白いネタないかなー」という獲物を狙う鷲の目のごとく「問題意識」を持って常に周囲に目を光らせ、アンテナを張り巡らし、ひとたびアイデアが思いついたらすかさずその場でネタ帳に書き留める、という習慣があるでしょう(たぶん)。 これは我々の仕事についても同様でしょう。そもそも一人の人間が、自分の時間を仕事とプライベートとに明確に分けるのは無理があり、両者は渾然一体のものだと捉える方が自然だと私は考えています。 時には「あそび」も必要ですが、必要以上に弛緩すると復帰までに時間がかかってしまいます。できれば「あそび」の延長線上にも何らか仕事につながる目印を置いておきたい、しかも、意図的にそうするのではなく、そうなっているのが自然、という状態を目指したいものです。 さもなければ、長く続けるのは難しくなります。 Yonelogさんが以下のようなことを書かれていますが、
全ての人間が好きな職業に就いているわけではない。 しかし、その中でも充実している人や楽しいと思っている人は、 その仕事の中での何かが本当に嬉しく、そして達成感を感じるからだと思う。まさにおっしゃる通りで、自然体で続けることで「楽しさ」や「達成感」を感じることができるようになることが到達すべき目標だと言えます。 藤田社長は以下のようにまとめています。
プライベートな時間に仕事のことを考えるのが悪いのではなく、「そんなこと考えたくない」と思う方が、仕事もプライベートも危険信号が灯っているのだと思います。 休みの日に、遊びの計画を立てずにダラダラしていると罪悪感を感じるという悩みも聞きます。私の場合は逆に、休日に普段できないことをあれもこれもやろうとして休息にならないことに罪悪感を感じることが多いようです。どちらのパターンでも、休みなんだから計画通りにいかないダメ人間でも別に構わないと気楽に構えるぐらいでいいのだと思います。私の場合は、平日は計画通りに過ごす日、休日は平日の過ごし方を振り返ってどうすればもっと計画通りに過ごせるかを考える日、という分け方をしています。平日に遊ぶこともありますし、休日に仕事をすることもある現状では、「仕事とプライベート」という分け方をするより、「計画の中にいる自分と計画の外にいる自分」の2つに分けるようにする方が無理が少ないのでないかと考えています。 仕事でも遊びでも計画通りにいけば嬉しいですし、達成感も得られるでしょう。そのためには計画の中にいる自分を客観的に見つめる時間が必要だと思うのです。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2006.06.06 20:14





