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意図的に「所」を変えるのが「あきない」の秘訣

2007.06.05

秋元さんのブログに次のようなエピソードが紹介されていました。

アメリカ中西部の各州で税金の啓蒙活動に採用された広告手法というのが紹介されていた。

これまで使われていたスローガン入りチョコレートバー(そんなもの配ってたのか)に比べて、ずっと有用で、しかもより長い間人々が広告を手元に残してくれる、すばらしい手法だ。

その手法とはなんと、「携帯サイズのテッシュペーパーに広告を入れて配る」

言うまでもなく、この手法は日本では当たり前のように行われているものです。


これについて、秋元さんは次のようにコメントしています。

誰かにとって日常的なことでも、遠くの他人にとってはすごい驚きかもしれないというところだろう。

どこか遠い異国にも、まだ日本に上陸していないすごいアイデアがあるのかもしれない。だから、テレビでも雑誌でもネットでも、自分の身の回りとは違う情報を知るといううことが楽しいし、場合によっては役にも立つということなんだな、と思った。

そもそも、商売というのは「価値の移動」によって成り立つものです。例えば、海辺で獲れた魚は、その近辺では簡単に手に入りますからさほど高い値段はつかないでしょう。でも、これを山あいに持って行って新鮮なうちに卸すことができれば、それなりの値段がつくでしょう。山あいでは新鮮な魚は簡単には手に入らないからです。

同じことが、「携帯サイズのテッシュペーパーに広告を入れて配る」という手法にも当てはまります。つまり、「ある特定の人々」である我々日本人にとっては当たり前のことであっても、「別の人々」であるアメリカ人にとっては新鮮なものとして映ることがありうるわけです。

まったく同じものであっても見せ方次第で、新たな切り口を提供することになり、その結果、大きな需要を喚起することができる、ということもあるはずです。常に新たな切り口を考え続ける姿勢。それが「商い」の本質であり、それゆえに「飽きない」のでしょう。

「画期的」とか「斬新」といった言葉は、何もまだ世にないことだけを指すものではありません。自分にとっては当たり前だと思っている既存のあれこれをについて、「当たり前だ」と切り捨てずに、まだこれを知らない人々のことを思い描けるかどうか、そしてその人々に対して、実際に具体的なアクションを起こせるかどうか。

それらこそが、まだ世にないことを生み出す唯一のきっかけになるのではないか、と考えています。

※参照エントリー:「画期的な広告アイデア in アメリカ」
http://labs.cybozu.co.jp/blog/akky/archives/2007/05/ads-on-tissue.html

投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2007.06.05 10:39

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