「もったいない」を再認識
2007.06.11
MOTTAINAI LAB(もったいないラボ)という「ちょっとしたモッタイナイをみんなで集めて考える、ありそうでなかった研究所」があります。
そのブログ「MOTTAINAI LAB(もったいないラボ):研究員ブログ」で、「研究所員」であるクリス智子さんが次のようなことを書かれています(もともとこのブログは、J-WAVEでクリス智子さんがパーソナリティをつとめる「BOOM TOWN」という番組で知りました)。
「もったいない」で、最近思うのは「自動」の二文字。ちょっと大きな話になってしまうのですが、
世の中、ここまで”自動”である必要があるんだろうか?
そのエネルギーもったいないのでは?
というか、自分でやった方が早くない?
そんなに周りにやってもらわないと、自分たち、ダメ…?
という具合に思うのである。
これは、大いに身につまされます。
具体例が続きます(ちょっと長いですが引用します)。
毎日、外に出れば、自動のお世話になること多々。 自動ドア、自動水洗トイレ、自動蛇口、自動ハンドドライヤーなどなど。 トイレに「これは自動で流れます」と話しかけられる度にドキッとするし、 手を洗おうとして、なかなか出ない水に、アレ?と、どこにあるか定かでないセンサーに向かって、蛇口の下で手を左右に振るのも、なんだかなーと思うのだ。(最近は、デザイン豊富でいいのだけれど、わかりにくかったり、終わったのに水が出ていると、それ自体、もったいなくて、触っていたりして…本末転倒?)コンビニのドアや、自動蛇口においては、そうでないところでも、
自動だと思って、ドアの前で立ってみたり、
蛇口の下に手をかざした時には「うわっ・・」と、すっかり自動に慣れてしまった自分にプチショック。
立てば開く、出せば出る、と思っているなんて、コワイッ!!何様ッ!と、ちょっと凹んでみたり…。
普段は当たり前のように目にしたり使ったりしているこれらのものですが、言われてみれば確かに「もったいない」だらけです。
さらに身近なところに目を向けてみれば、ふと気づくといつの間にか10分や20分は簡単に過ぎているということがあります。いろいろと便利な「自動化ツール」に囲まれて仕事をしているものの、それによって浮いた時間は、あまり有効に使えていないような気がします。
時間についての「もったいない」についても、改めて考えさせられました。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2007.06.11 09:39





