似たもの探し
2008.01.24
なぜ、プロの書き手や編集者が手がける書籍や雑誌をさしおいて、一般の人が書いたブログが読まれるのでしょうか。
2001年1月から2年弱ほど、テキストサイト(今でいうブログ)を運営していたことがあったのですが、その頃も、自分と似たようなテーマで運営しているテキストサイト仲間のサイトにちょくちょく遊びに行ったものです。もちろん、自分とは全く違う生活を送っている人の日常が垣間見られるテキストサイトもあり、こちらにも同じくらいの割合で訪問していました。
前者のような「似たものサイト」を見に行くのは、「それ、あるある!」という共感を得たいからというところが大きいと感じます。
一方、後者のような「異文化サイト」からは、「それがありなのか…」という違和感に触れたいからかもしれません。つまり、良い意味での“毒”です。
以前、養老孟司氏が南伸坊氏との対談の中で、脳について次のようなことを述べていました。
認識能力の基本の一つに、似た構造を発見する能力があります。似た構造を発見すると非常にうれしい。なぜかというと、脳のエネルギーを節約できるから。全く違うものでも同じだと言えるのなら、非常に楽じゃないですか。
その「同じ」を今度は自分自身に当てはめちゃったのが自己ですね。皆さん、私は常に私で同じだと思っているでしょうけれど、物質的に言ったら、絶対そうなり得ない。
(日経ビジネスアソシエ 2005年1月18日号より)
「似たものサイト」を見に行くのは、自分と似た構造を発見したいからであり、「異文化サイト」に触れようとするのは、それでもどこかに類似点や共通点があるのではないか、という自然な探求心の現れなのかもしれません。
いずれにしても、人はどこか「自分と似たものを探す」というゆるやかな原則に沿って生きていることはいえそうです。そうでなければ、「似たものサイト」を見て嬉しいと感じることはないはずだからです。
投稿者 : 大橋 悦夫 | 投稿日時 : 2008.01.24 07:52


