問題点を指摘して解決法を示さない傾向
2010.01.19
友人たちによると、わたしは問題点を指摘して解決策を示さない傾向があるそうだが、そういう友人たちも、だったらどうすればいいのかを教えてくれたためしがない。
—ダニエル・ギルバート『幸せはいつもちょっと先にある』(早川書房)より
こういう「傾向」は、別にダニエル・ギルバートに特有のものではなく、もちろん学者に特有のものでもない。ただたんに、問題点を見つける方が、解決策を見つけるよりも、簡単だという事情があるだけのことだ。
実際、私が書いた記事へのコメント欄やはてなブックマークなどにも、「書いたものがいかにダメであるか」という問題点はよく指摘されるが、どう書くべきだったかまで教えてくれる親切なものは、まずない。
まして、問題点を一切指摘せず、黙って解決策だけを提示してくれるような、合唱せずにはいられないような書き込みには、お目にかからない。
「幸せはいつもちょっと先にある」のは心理的なカラクリによるものだ。というのがギルバートの指摘であるが、このカラクリを打ち破るには、「心」そのものをどうにかしなければならない。
ストレートに考えればそういうことになり、これは心理学者の仕事の範疇かどうかまで考えなければならないほどのことだ。
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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.01.19 22:10
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名前:大野真護2010年01月20日 07:27
問題として目に映ることが、本質的な問題ではない(つまり解決策を考えるための問いになっていない)ことが多いのですが、そうやって問題を指摘して気分がよい、ということもまた事実なのでしょうね。
自分の優位性を誇示したい!という方もいるでしょうし、スルーする人もいますし、もちろん、より考えを深めたい・対話をしたいという人も。
コメントする側の心理があり、コメントされる側の心理もまた千差万別。
よくよく考えて、発言し、人の発言に対するコメントをし、人からの指摘を冷静に受け止める必要があり、なかなか難しいものだと思う反面、とても面白いものだと知的好奇心を抑えることが出来ません。