コンテクストのコンテクスト
2008.08.31
私はGTDユーザー(?)ではありませんし、本も一度、それもざっと読んだことがあるきりなのですが、今日のお話は面白かったです。
もともとこうした仕事術系、ライフハック系の話が好きということもあるのですが、今回面白いと私が感じたのは、自分でやっていることが分解され、違うシステムの中で顔をのぞかせる、そういう実例に触れたのが興味深かったのでした。
たとえば今日の勉強会では、「コンテクスト」という概念が頻繁に取り上げられ、これはどうやら重要な概念らしいぞ、ということがよく分かりましたが、自分と違うシステムで仕事をこなされている方の方法とはいえ、それが仕事処理に関するものである以上、似たようなことは私だって意識しているはず。
それなのに、なぜ自分はGTDにおける「コンテクスト」と呼ばれている概念を、全然意識せずに仕事をしてきたのだろう?とさかんに考えました。
するとおぼろげながら、あちこちに散らばって、あるいは集中的にまとまった、タスクの断片のようなものが頭の中に次々と浮かび上がってきました。「あ、なるほど。これらをまとめて「コンテクスト」と呼んでいるのか!」と思いあたりました。実に興味深い体験でした。
この体験をたとえるのはひどく難しいのですが、無理をするなら、一度解体された愛車が、別の家電になった様を見る面白さというのでしょうか。あ、あのモーター、ここに使われてるのね、といった。
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.31 00:25
池袋のパニーニ
2008.08.28
は、平日の1500-1700が安いのです。(私が以前行ったときに確認した限り。)
Panino Giusto - World Wide Walker
何が言いたいかというと、この情報を私は毎朝、「毎朝繰り返し表示されるデジタル付箋」で確認しているわけです。 こうしておかないと、この手の情報は、私はまず思い出せません。
池袋駅をたまたま1600辺りにうろついていたタイミングで、思い出したいのです。 記憶想起と脳のゆらぎにからんでくると思うわけですが、脳がうまくゆらいでくれないと、この時間帯に店の前を歩いていても思い出せませんので、高い時間にお店に入って、激しく公開することになるのです。
このお店はおいしいのですが、なかなか高いので。 もちろん、「朝のチェックリスト」に載っていることは、こんなことばかりではありませんが、毎朝無意識の領域に仕込みを入れておくことで、いつか役立って欲しいなあと期待しているという話でした。
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.28 18:14
マンガ脳
2008.08.27
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やや妙ちきりんな楽しみ方ですが、本書は面白かったです。なぜかというと、 「このテーマを、著者はどうやってうまく切り抜けて、説明してくれるのだろう?」 というハラハラ感があるからです。
404 Blog Not Found:フタエノキワモノ - 書評 - マンガ脳ですでに紹介されているとおりですが、「マンガを楽しく読む」というとてもあたりまえの活動を「解釈」する道具として、「脳科学」というのは決してそう切れのいい道具とは思えません。
でもそこをやや無理をしてでも切り抜ける様子が、気になるわけです。「微妙な地図」をもって怪しげな洞窟に入っていった人が、ちゃんと財宝を持って出てきたら、どうやったのかを聞きたくなるものです。
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.27 16:04
パラノイア
2008.08.27
容疑者は八王子で逮捕されることになったのですが、この容疑者の自室には、当時としてはちょっと驚かされる、「膨大なビデオなど」が山と積まれていました。
その後メディアには「パラノイア」という言葉が、氾濫するようになりました。統計などから調べたわけではないですが、「パラノイア」があれほどメディアに登場したのは、あの当時だけだったのではないか、という気がします。
パラノイア:クレペリンの定義
[株式会社有斐閣 心理学辞典]
「内的原因から発生し,思考,意志,行動の秩序と明晰さが完全に保たれたまま徐々に発展する,持続的で揺るぎない妄想体系である」
この定義からして、当時の容疑者情報からパラノイアと断定するのは、ちょっと無理がありそうです。DSM-Ⅳによると、パラノイアは妄想性障害(delusional disorder)にカテゴライズされますが、その大きな特徴は、誇大妄想と被害妄想。あの容疑者にそうした面もあったようですが、大量のビデオだけでは、つながりが今ひとつです。
何より、当時は週刊誌を賑わせたあの光景も、今となってはそれほどでもありません。私のPCに埋没している動画を全部ビデオテープに移したら、あのくらいの量には十分なりそうです。だからといって自分はどうも、「パラノイア的」と思えません。(あえて言うなら分裂気質的なところはあるかもしれません。)
その後彼は精神鑑定を受け、「多重人格」と診断されたりします。(裁判では採用されず。)そのほかにもいくつか鑑定意見が出されますが、「パラノイア」という診断はなかったように記憶しています。なぜ彼は一時、「パラノイア」にされたのか。ちょっと気になります。
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.27 00:25
Macが羨ましいと感じるとき
2008.08.25
文章を書く苦しみはページ数の二乗で増えてゆくということをかの伝説の研究者に教わりましたが、私にとっては原稿用紙10枚を越えたあたりから頭が混乱し始めて、二乗などという騒ぎではなくなります。物書きをする人の楽園:Scrivener [Mac OS X]
「文章量」が「文章を書く苦しみを決める」という感覚は、私にはしっくりこないのですが、それはともかく、ここで紹介されているツールはいいですね。パッと見羨ましい。
私は普段紙copiで文章を書き、長文の時は秀丸を使い、イラストを大量に扱わなければならないときには、いやいやWORDを使っています。
ですから、本当のところ、Scrivenerというツールを使った方が、楽園的に文章が書けるのかどうか、留保が必要だと感じます。感じますけれど、lifehacking.jpさんのエントリを読みますと、いやあMac買おうかなあ、と思ってしまうから、印象というのは大事ですね。ありきたりなことを言うようですが。
ちなみに文章を書く苦しみも楽しみも気楽さも、これまたありふれたことを言うようですが、「方針と適切な分量」に近いか遠いかで決まると思っています。
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.25 17:39
フォルダ移動
2008.08.23
そういうことをすると、あれこれと不都合なことが生じるもので、だからいままで自制していたわけです。
真っ先に起こる不都合として、紙copiの「箱」がエラーになってしまうことです。今、19使っている「箱」はすべて、何らかの「フォルダ」に対応しているわけですが、この対応が切れるので、再設定しなければならなくなったわけです。実に面倒。
こういうところで、私は手動で一つ一つやるわけですが、「エンジニア」というような人はきっと、自動で処理する方法を簡単に思いつくのだろうなあ…いいなあ…と妄想します。
しかし先ほど、19のフォルダを再設定し終わったので、ようやく十年弱来の懸案が完璧に解決して、嬉しい限りです。
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.23 18:15
雷
2008.08.21
突然ですが、私は雷が苦手です。道路を歩いていて雷が鳴り出すと、直上から体を真っ二つに引き裂かれるようなイメージを抱いて、汗が噴き出します。
これは一種の間違った感覚、いわば軽度の恐怖症であることは、心理学をやっていたので一応わかるのですが、「行動療法」など、やりたくありません。 が、最近の異常気象報道などを見るにつけ、実は自分の過剰不安は、過剰ではないかも、と思うようになりました。
自分は怯えすぎだと内心思っていたものの、実は怯えるにあたいするのではないかと。
そんなふうに、雷のことをあれこれ考えていたところ、こんなサービスのことを思い出しました。以前、利用していた気がします。去年の夏に。
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.21 23:54
「ゾーン」ではなく「フロー」の話ですが
2008.08.21
先日、Lifehacking.jpさんで、「 ゾーン」に入る ための5つ(+ 1つ)の準備 | Lifehacking.jpという記事がエントリされていました。個人的に興味のある話なので、言及。
Lifehacking.jpですから、「ゾーンに入る」事はGTDと関係しているのでしょう。私は「ゾーン」という概念については正直、よく知りません。しかし、チクセントミハイの「フロー」によく似た概念であると、推測できました。
ここからは「フロー体験」の話になりますが、「フロー体験」に至る必要不可欠な要素は1つあって、それはギャンブルであること。チクセントミハイは頻繁にフローの得られる体験として
・チェス
・バスケット
・ロッククライミング
・数学
・手術
などをとりあげています。ここには明らかに共通点があります。それは「勝つか負けるか、成功するか失敗するか、保証はない。しかし、自分は成功し、勝てるという自信にあふれいてる」という心境になっているところです。
したがってフロー体験は、行為を選ぶだけではなく、その難易度も選びます。チェスはフロー体験を得るに良質な活動とは言え、強すぎる相手、もしくは弱すぎる相手とプレーしても、おそらくフロー体験は得られません。
そう考えると、一般的なデスクワークからフロー体験へと至るのは、存外難しいと思われます。たしかに仕事で失敗は避けたいところです。しかしそれは、ロッククライミングで失敗できないというのとは、次元の違う話であると思います。
付け加えるなら、チェスやピアノ(特に演奏会などで)の「失敗」も、ロッククライミングとは本来次元の違う話(負けたり演奏に失敗しても死ぬことはない)のはずですが、人は頻繁に「死んでも負けたくない」などと口にします。感情の上でこれは、価値観が加熱しているのでしょう。ここにもギャンブルめいた心理状態があって、それがフローに導くものと思われます。
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.21 00:47
光が聞こえる?
2008.08.19

Figure 1 : Visual behaviour mediated by retinal projections directed to the auditory pathway : Nature via kwout
図は、ネイチャーからの引用ですが、この論文ではかなり独特の動物実験を行っています。
網膜から送られる視覚情報を、神経のつなぎ替え(リワイヤー)によって、聴覚野に送り込んでいるのです。 聴覚野は空気振動を耳から拾い、音の情報を処理するところです。ここに光からの刺激情報が入ってきたら、どうなるのでしょうか?
私にもさっぱりわかりません。光の強さにしたがって、大きな音が聞こえるとか?
実際には、やっぱり聴覚野を使っても「見えた」ようです。つまり、脳はそれだけの柔軟性をもっていて、網膜からの情報であれば、視覚情報的に処理するということなのかもしれません。
この辺、少なくともコンピュータとは違うところ。PCでは音楽ファイルの拡張子だけ変えて、テキストファイルとして開いても、文字化けして機能しませんね。
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.19 14:40
Stickiesがインストールできました!
2008.08.18
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080718_stickies/
と言っても、どうということはなく、要するにウィンドウズのユーザーアカウントが、全角文字だったために、外国のソフトであるStickiesはフォルダ名に混乱し、つまずいていたと。
問題は、これがわかった経緯です。
実は前日、実にたまたまGoogle検索の一覧表示に、「ゲームのインストールに失敗する場合には、フォルダ名に2バイト文字…」という一文がありました。全く私には関係ない話なのに、なぜかこれが目にとまり、「あっ!」と思った次第です。
なぜ目にとまったかといえば、たぶん「思い当たること」があったからです。そもそも、なかなかインストールがうまくいかず、イライラしていたという記憶も残っていたのでしょう。
デスクトップPCは、購入して以来、ユーザーアカウント名をデフォルトで使用していました。だから、それがよもや全角文字だったとは考えられなかったわけです。自分ではそんなところに全角文字など使いませんし、フォルダ名に「ショウゴ」とか書いてあったわけでもないのです。
しかし、実際には全角文字が使われていたのでした。こういう、偶然とは言えないし、必然とも言えない「発見」を引き起こす辺りは、いかにも人間の脳みそらしいと思います。わかって良さそうなことなのに、自力で気づくことができない辺りも。
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.18 19:40
「ゆらぎ」の範囲を狭める
2008.08.16
とか
今日はカフェインをとらない
と「心に決めて」も、私は比較的簡単にそれを破ってしまいます。と言うことは全然「心に決めて」などいないわけです。
ここのところ池谷裕二さんの『ゆらぐ脳』を読んで以来ずっと、自分の意思に反することをついやってしまったら、立ち止まって考えるようになりました。「今、ゆらいだ?」と。
何となく感じることなのですが、たとえば「今日は午後まではネットしない」と決意しても、10:38ごろにiTouchでネットをチェックしてしまって、「あ、しまった」とか思うわけです。そのとき必ず思うことが、決意のことを忘れていることです。まるで背後から誰かに操られでもしたように。
こう思うと、何かを続ける、何かをやめるという場合にやらなければいけないことは、「忘れない」こと。ところで脳が「忘れる」というのは、思い出すべき時に思い出さないということで、これはなるほど脳が「ゆらぐ」とすれば頻繁に陥ってしまいそうです。
決意した脳状態は、ゆらいでいるうちに、そんな決意などと無縁の脳にいつの間にか変化している。ただ、やってはいけないことをやってしまったと脳が認識したときになって初めて、おそらく注意やタブーのメカニズムが働く。それで思い出す。
とは言え、脳のゆらぎは止められそうもありませんから、考えられるのはゆらぎの範囲をいっていないにとどめる仕掛けを施すことでしょうか。
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.16 17:59
ねむログ!
2008.08.15
http://www.nemulog.jp/index.php
正直最近は夜も暑いので、なかなかつらいものがあります。
クーラーを付けて寝ると身体がおかしくなるし、付けずに寝ると滝汗で起きても朦朧としています。
おかげで起きる時間が遅くなり、すると仕事を始める時間も遅れ、当然終わる時間も遅くなり、就寝時刻が遅れるという、悪循環です。
あれこれと試しているのですが、はっきり言ってどれも効果を発揮していません。私にとって、睡眠不足は解消できるような代替え手段がないというのが本当のところです。
ここらで休みを取るのが正解だという気もしますね。
しかし、それはともかくねむログは良いです。
自分が何時間以上寝れば、とりあえず調子が良いのかがはっきり分かりますから。
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.15 17:53
sugarsyncを使い始めました
2008.08.14
これは大変けっこうなツールです。
ようやく、複数台PCの悪夢から、逃れることができそうです。
一般のオンラインストレージと違って、何より素晴らしいのは、ローカルフォルダとの同期がとれるところ。それもけっこう高速です。
容量も、相当用意してくれています。
10GBを月$2.49で借りられます。
250GBなら月$24.99。
いろいろな使い方をする人がいるでしょうが、私は日頃使うデータの総量が5GBを超えることはないので、10GBで充分です。これまで使っていた国産のツールよりは、ずっと安上がりで、しかも便利なのです。
同期するフォルダを選ばないというのも、このサービスのいいところで、複数台PCのデスクトップまでカバーします。私には今のところ縁のない話ですが、マックでも使えます。
最近肩と首が凝って、使い込んでいけないのが残念ですが、肩こりを解消したら、これを使い込んでいきたいと思います。
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.14 15:05
本を4冊も入れてしまうワケ
2008.08.13
東芝、768gの企業向けSSD搭載モバイルノート
「dynabook SS RX」
なのに、鞄には今日、ついつい4冊も本を入れてしまった。速読術を知らない私が、電車内で4冊も本を読むわけがない。なのになぜ入れるのか?
それは一冊を選ぶためなのです。これがもし一冊しか入っていないと、今度は本を読むか読まないかという選択に走ってしまって、本を読まないリスクが高まります。
人間というのはどうやら、選択することが好きなようです。少なくとも、意思力を発揮することと、選択することは、違います。
そういうわけで私は、タスクを複数並べて、常に次にやるタスクを選ぶようにしています。これが、上から順番に「やっていくだけ」という状態になると、やりたくなくなってしまうのです。
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.13 01:06
人目を気にしないようにするのは難しい気がする
2008.08.11
3歳児とかくれんぼしようとすると、彼らは「目をつぶり」ます。「人から見つけられないために、自分で「見えなくする」のです。
これに何の意味があるのか、とっさにはさっぱり分からないという人は、「自分の振るまいが、他人の目にはどう映るか」について、自動的に想像してしまうクセがついているからです。
「他の人の視点」を想像する人間の能力を、特に「心の理論」などと呼んだりしますが、これは4歳以上から身についてくるといわれます。
時に「現代人は、他人からの視点を想像する能力が欠如している」といわれたりします。凶悪犯罪などが起きると、そんな話がよく出ますが、ちょっとピンときません。私たちは、かくれんぼするとなれば、目をつぶって「隠れた」りはしません。「人が自分をどう見ているか」など、いやというほど分かって、あるいは「推測して」いるのです。
むしろ、それを日頃からあまりにオートマティックにやり過ぎて、すっかり「疲れて」しまっているのではないか、という気がします。「人の目から見るとどうか?」について、ことさら努力しなくても、勝手に想像してしまうのです。
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.11 23:52
尋ねられれば答えられること
2008.08.09
![]() | ゆらぐ脳 池谷 裕二 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
この本を今日から読んでいるのですが、面白いです。
中身については全部読み終わってから、どこかに書きたいと思うのですが、本書はなかなか羨ましい形式。どういうものかというと、一行程度の【ミニ質問】が投げかけられ、それに対して池谷さんが「答えていく」というものです。
だから本書は共著なのですが、そのほとんどが池谷さん語り。一人出だしてもいいくらいではないかと思うほどですが、池谷さんがテーマを設定して、構成案を練り、それを一冊にまとめるよりも、この方がずっと面倒がないことは、容易に想像がつきます。
それでも、いろいろな質問を池谷さんに投げかけて、それに対する答えを聞いてみたいという、私のような読者にはうってつけの一冊。著者、読者双方にとってメリットが大きいのなら、いいやり方ですね。
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.09 18:44
なぜなら仕事を成し遂げるために…(Stuff done!)
2008.08.06
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.06 22:10
とりあえずとっておくものを、とりあえずなんとかする
2008.08.05
「とりあえず~する」で取っておいたり、付箋を張っておいたり、時間を確保しようとしてみたり、受信トレイに置いておいたり、デスクトップにダウンロードするのは、多くの場合「不安だから」やることです。
永遠になくなったり、買わずにおいて忘れてしまったり、目印を付けずに見失ってしまったりすることが不安なので、「とりあえず~する」のですが、これが肥大化することがよくあります。そうすると「とりあえず」のものに囲まれて、重要なものが探しにくくなるなど、不合理な状態に落ち込むわけです。
もちろん「とりあえず」を一切やめることは難しいので、「アーカイブ」したり、「整理し直し」たりすることが多くなりますが、これをするとスッキリする上に、フイに何らかの問題が解決したりすることが、経験上少なくないので、「とりあえず」やってみることにしています。不安心理とも、一時にせよ、距離を取ることが出来ます。
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.05 23:42
リストには二種類ある
2008.08.04
よくあるところでは、「アイデア出し」でしょう。他にも、ブログを書く人の「ネタ帳」など。(もっとも私はこれをうまく活用できませんが。)晩ご飯のレシピ集なども、「空になるのが理想」であるはずもなく。
・なくならせるべきリスト
・なくなっては困るリスト
で、私が最近思ったつまらない話ですが、「ノートは1冊に」とか「リストはDB化して一元化しよう!」という主張がウケるのは、この「なくなっては困るリスト」が肥大化するせいにちがいない、と。
なくなっては困るリストは減らすことが「良いこと」ではないため、肥大化する一方です。連絡先、お気に入りのURL、アイデアメモ、欲しいものリスト、何でもかまいませんが、EVERNOTEなどで一元化したくなるものは、だいたいそういったものです。
「なくなっては困るリスト」は中身も増えますし、種類も増えます。連絡先を始め、少なくとも5種類。多い人は20種類くらい持っているでしょう。一元化したくなるわけです。
そうして一元化すると、そのDBはかなり巨大なものになるため、キーワード検索などしたくなりますし、「間引きたい欲求」も強まります。つまり「減らしたく」なります。となると、「なくなっては困るリスト」を「なくしたいリスト」でもあるようにしたくなって、
「チェックボックスなどを付けて、タスクとして扱いたい項目を作り出す」
のではないでしょうか。これをすると、本来持っているタスクリストに加え、「なくなっては困るリスト」の集合である個人的なDB内に、もう一つのタスクリストが出来上がり、混乱が生じるような気がします。
★明日のネタを出すまではあすなろは終われない
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.04 10:23
ローカルをさぐること
2008.08.01
あくまでもこれは感覚の問題に過ぎなくて、実際には「勝手に更新」されないから「取り残される」などということはないわけですが、しかしそう感じられるということは、少なくとも私に関してはたしかなところです。
もう絶版になってしまいましたが、『ロボット心理学』という本を上梓したことがあり、その中で、「ネオフィリア」という概念を紹介しました。「新しもの好き」という意味です。これは人間のことなのです。もしくは、人間に強く備わっている性質のことです。
人間がネオフィリアであることは、たぶん良いことでしょう。しかし、この性質を強く持つ私のことを振り返ると、ネオフィリックであることは、生活を空回りさせることでもあると感じます。
これまた感覚的ですが、新しいメールを喜び、新着RSSをあさり、新刊書に目が走り、常に新しくて喜ばしい刺激に注意をフォーカスしていると、ポンプを浅く何度も上下させて、「水が出ない!」と言っているような気持ちになるのです。
だからといって、本は古典ばかり読んで、昔のメールをじっくり探っていくというスタイルは、およそ現実的ではありません。結局「自らのネオフィリックに抵抗する」という程度のことしかできないわけですが、ネットを渉猟するうちに、「既得の世界」へ誘導されるような仕組みが自分には必要だと、最近は特に思います。
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2008.08.01 16:39







