僕に言わせてもらえば、自己実現では十分ではないと思う。
2010.02.06
僕に言わせてもらえば、自己実現では十分ではないと思う。マズローは僕が提示できなかったことを提示し、僕はマズローが触れなかったことを提示している。
ヴィクトール・フランクル - (エイブラハム・マズローとの相違点は何かと尋ねられて)
フランクルは色々な点で興味を持たずにはいられない存在だが、わたし個人がもっとも強く惹きつけられるのは、アウシュビッツという体験を持ちながら、ごく普通の心理学者のような物言いしかしていないことだ。
もちろん、著作はもっと深刻なものにならざるを得ないが、それでもトーンはずいぶん「控えめ」に読める。 『夜と霧』など、解説部分のほうがずっと深刻と言えなくもない。
これがインタビューともなると、「僕はアウシュビッツに連れて行かれたんだけれども、それによって新しい心理学を創始したというわけじゃないんだ」という調子で答える。「実はアウシュビッツに入る前から、原稿の草稿はコートの裏側に入れてあったんだよ」という調子で。
(このことは、『夜と霧』にもちゃんと書いてある。わたしにはあの記述(と、その頃フロイトとかなりつっこんだやりとりもしていたという事実)は非常に重要だと思えるのだが、フランクルについてこのことがあまり強調されないことが多いのはちょっと残念だ)。
冒頭のマズローとの比較については、フランクルの心理学から当然の発言だ。彼の「ロゴセラピー」は「他にどうしようもない状況にあっては、苦しむということ自体が意味である」という考え方だ。そのような状況で「自己実現」は目指しようがない。
だからといってそういう人生に意味を見いだせないということであっては困る、というのが彼の心理学のテーゼとなっている。
投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.02.06 22:53



