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あすなろBlogger

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たとえば彼は、女性は男性よりも歯の数が少ないと信じていた。

2010.04.30

アリストテレスは自然現象の鋭い観察者だったが、実験をする、すなわち推測をしてそれを系統的に検証するという発想は持っていなかった。たとえば彼は、女性は男性より歯の数が少ないと信じていた。この説が正しいことを実証する、あるいは反証をあげるつもりがあれば、ある程度の数の男女に口を開けてもらって歯の数を数えるだけでできたはずだ。

『脳の中の幽霊』より

 

このエピソードをラマチャンドランがあげているのは、アリストテレスがアホだったと言いたいからではなくて、実地に検証してみることの重要性を強調しているに過ぎない。

私たちはおよそ「確かめてみる」という手数を省きたがる。その代わり、思い込み、信じ込み、鵜呑みにすることを好む。理由の一つには、手間と暇を節約するためであって、それには少なくとも一理ある。

学者でもない限り、ワシとタカとは別の鳥だと思い込んでいたとしても、あるいはイルカとクジラはちがう「サカナ」だと思い込むようなことがあっても、 実生活に支障を来すことはあまりないからだ。

一般的な生活の「役に立つ」かどうかという意味では、多くの知識が役に立つのは「クイズに正解できる」程度であって、トリビアなのだ。

そうであっても人は常に「より多く、より正確に、知っていることはいいことだ」と思っているが、でも多大な苦労をしてまで「本当のこと」を知りたいと思う人は多くはない。 

逆に言うとだから、ちょっとしたことでも調べてみると、かなり意外な発見がありうる。

 

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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.30 23:23

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働くには怠惰すぎるが、盗むにはナイーブすぎる

2010.04.29

フリーランスの、しかも今時「物書き」として生きていくというのは、あまり割に合うとは言い難く、それは日米で事情は異なるものの、似たり寄ったりのところも少なくない。

それにしても、なぜフリーのライターなどになるのかと問われれば、答えのいったんは次にある。タイトルが率直でいい。

Too Lazy to Work Too Nervous to Steal: How to Have a Great Life As a Freelance Writer

連休なので、久しぶりに漫画を読んで、そんなネガティブな気分をとことん満喫してみた。以下3冊。一気に読むとどんどん落ち込んでいく。

と同時に、考えすぎは良くないと思う。当事者にはそう思えないにせよ。 上記タイトルを具体的に生きてきたかのようなコミック。ライターではなく、漫画家ですが。

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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.29 17:10

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いちばん鮮明に覚えていたのは、同級生にいじめられていたことだった。

2010.04.29

 

ヴィルヘルム・ヴントは、長く精力的な研究生活の後、八八歳のときに、自伝『体験と認識』を書いた。小学校低学年のときのことで、いちばん鮮明に覚えていたのは、同級生にいじめられていたことだった。また、高校時代を振り返ってみると、ある教師がクラス全員の前で、教養ある両親の子供(ヴントは聖職者や学者の家系に生まれた)がすべrて知的な生活に適しているとは限らない、おまえには郵便配達夫の仕事がいちばん向いているだろう、と意地悪な口調でいったのを思い出した。七五年経っても、ヴントはまだそれを昨日の出来事のように覚えていた。

『なぜ年をとると時間の経つのが速くなるのか』より

 

 

実験心理学の祖、ヴィルヘルム・ヴントからしてこうなのだから、私がつまらぬ屈辱感をいつまでも根に持っていたとしても、しようがないだろう。

もちろん、「昨日の出来事のように覚えていた」とはいうものの、記憶は嘘をつく。 

だいたい、七五年前のことを「本当に覚えている!」と主張したからといって、そうそう信用できない。人の思い込みの頑固さは、皆知っているとおり、相当のものだ。

ただヴント自身が、こういうことに理不尽感を覚えていたとしても不思議はない。誰が七五年前の屈辱を覚えておきたいと思うだろうか。その年になれば、朝に食べたものが何だったかを思い出すことすら困難になるはずなのに。

 

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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.29 16:55

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記憶の立証というドンキホーテ的挑戦を挑んだのはケンブリッジにおいてであった。

2010.04.29

Bartlettが1920年代と1930年代に記憶の立証というドンキホーテ的挑戦を挑んだのはケンブリッジにおいてであった。

『観察された記憶』より

 

そしてその研究は、すばらしいの一言。いまでも認知心理学は、この頃の「ドンキホーテ的挑戦」に、結果として多くを負っている。

過度に「統制された実験」に、ほとんどあらゆる人たちが向かってしまうと、少なくとも素人にとってはとてもつまらないことになってしまう。その結果残念なことに、日常生活やビジネスには、よほど拡大解釈を施さないと応用できない実験データが山のように積み上がる。

(そして、「拡大解釈」は危険、俗説、神話。鵜呑みにしても、いいことはない、と正しい警鐘が鳴らされる。ただしさらに続けられる正論はいただけない。「科学的にはまだほとんど何もわかっていないのが実情だ」などと言う。) 

多くの人が知っているような、人の興味をひく実験。たとえばミリグラムのやったような実験は、決して「統制的」ではないし、そもそも今では実施も無理だろう。(悪いことではないが)。

それに対してほとんどの人に知られていないような実験。「注意」という現象を考える場合、猿がコンピュータの画面に点滅する十字カーソルをどう目で追いかけるかというような実験データが開陳される。よほど「注意」が好きでなければ、そんな実験は読み飛ばされる。

「基礎研究が大事だ!」という言葉に、私たちはとりあえず納得する(ふりはする)。でもそうするのは、研究者が激怒した場合、ひいておくしかないからだ。 

 

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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.29 00:17

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妄想病者は特定の迫害者をもっている。

2010.04.28

妄想病者は特定の迫害者をもっている。だれかが彼に敵対している。彼の脳を盗む陰謀が始まっている。機械が寝室の壁に仕掛けられていて、脳を軟化させる精神光線を発射したり、眠っているあいだに電気ショックをかけてきたりする。しかしこのひとたちはこんなとき現実そのものによって迫害されていると感じているのである。あるがままの世界、あるがままの他人たちが危険なのだ。

R・D・レイン『ひき裂かれた自己』より

 

こういう感覚がわからなければ、あの『失踪日記』にあった、「何もかもが怖い。ふだん大好きな女子高生までが恐ろしい」という感覚はよくわからない。あの場合には妄想病というよりアルコール依存症が引き金になっていたが。

私たちは普通の感覚にあれば、「特定の○○君」が自分を攻撃したり、非難してくることがあっても、「社会」や「秘密組織」が迫害してくるとは感じない。

が、感情は知覚に影響を及ぼす。つまり、うんと落ち込んでいると、落ち込んだ気持ちが知覚全体に反映してしまうのだ。

私は、真夏の太陽が寒々しく見えるという印象を何度か持ったことがあり、そういう感覚は単にバカげているばかりでなく、何となく危険だと思って気をつけるようになった。

  

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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.28 23:55

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連中ときたら、こんな経歴の人を出国させようというするんだから!

2010.04.26

 

上々だ。私は国を出られる。このニュースを伝えたのは制服姿の女性で、私の記録を拾い読みすると、信じられないといった顔つきをしてこういう。「連中ときたら、こんな経歴の人を出国させようとするんだから!」私は肩をすくめる。彼女の声に憤りはなく、ただ戸惑っているだけだ。どのみち彼女の決定ではないし、気にもしていない。体制内に熱狂者はほとんど残っていないのである。

『脳を支配する前頭葉』(講談社)より。

 

 

本書はいろいろな意味でおもしろかったのだが、まず著者が「ソ連を脱出する」までのいきさつから始まっていて、読まされた。

ひとりの人間が知恵を振り絞って、ある意味では生死を賭けて脱出するという「物語」には、ご当人には申し訳ないが、興奮させられる。

ナチスドイツからの「脱出」や、ベルリンの壁の「向こう側」など、悲惨で秘密に満ちた世界から「無事に脱出できた」人々の話は、単純に痛快なのだ。

エルコノン・ゴールドバーグ博士は認知神経科学の授業でも耳にした人で、この人の経歴に亡命があって、しかもその亡命物語が邦訳までされているというのは、何というか「人に歴史あり」と陳腐にも思った。

大学のエリートで将来を約束されていて、出国間際にも「こんな経歴の人を!」とお役人に嘆かれるほどの人が、「上々だ!国を出られる!」というようでは、やっぱりその国は大変だろう。ただし博士は簡単に国を出たわけではなかった。

 

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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.26 16:54

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なにもしてもらわないのがいちばんです。

2010.04.24

 

すばらしくて、恐ろしくて、ドラマチックで、滑稽でした。けっきょくのところ-悲しいんです。それがほんとうの気持ちですね。なにもしてもらわないのがいちばんです。薬はもう必要ありません。この三年間というもの、ずいぶんいろいろなことを学びました。なにしろ私は、自分に与えられた人生の領分をつき破ってしまったのですから。私はいま、このままでいようと思います。L・ドーパはどこかにしまっておいてくださいよ。

『レナードの朝』より

 

 

このエピソードは、レナードの台詞をもって、締めくくられている。 映画のできはきわめてよいと思うが、サックスの文章も、それとは違った意味で十分に感動的だ。

結局のところ悲しい。結局のところ、何にも進展がなかったような結末に終わるが、レナードに何もおこらなかったというわけではない。 同じように、本書を読み終えて、「結局何にもならなかったんだ」と思う読者は少ないはずだ。

投薬当初は魔法のように効果があって、それが徐々に効かなくなっていく。だけならまだしも、副作用だけをもたらすようになる。その独特の失望感とやるせなさは、向精神薬ではないが、ステロイドのような薬の場合にもある。

私は子供の頃からいろんな意味で病弱で、私のほとんどの症状にはステロイドがとても効果的だったので、そういう体験を長きにわたって体験した。レナードの朝のような感動的なエピソードは何もないが、たちの悪い財政再建問題を、身体に抱え込むような、人生訓を学ぶことにはなった。


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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.24 17:22

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そうしなければ、自分がただの愚か者としか思えなくなるからである。

2010.04.23

だが、認知的不協和の理論は、信念に反する行動に対する報酬の価値が低ければ低いほど、信念を変える可能性が高くなると予測する。ひとかけらのキャンディで、一本のたばこで、一握りの米で自分の魂を売ったとするならば、なぜそうしたのかはっきりと納得できる理由を考え出したほうがいい。そうしなければ、自分がただの愚か者としか思えなくなるからである。

『心は実験できるか』より

 

フェスティンガーの「認知的不協和理論」は、心理学史上、最も重要な研究の一つだと思うが、特にカルト教団が人々をよく洗脳できる理由をうまく説明している。

いささか人間に対して暗い見方を支持させるような発見なのだが、他人の信念を変えさせるには、安っぽい報酬で、ちょっとした信念への裏切り行為をさせるのがいい、という事実への説明なのだ。 

朝鮮戦争で捕虜となった米兵が、妙に簡単に中国の共産主義に「理解を示した」ことが、この研究のきっかけとなったと言われる。中国は何をしたのか? 不眠状態にして拷問したのか? あるいは多額の金を積んだのか?

そうではなくて、中国が米兵にやったことは、反米的文章を「写経」させただけだった。その報酬として、つまらないもの、キャンディだの米だのを与えたのだ。

「写経」させられた米兵は後から考える。なぜ自分は唯々諾々と、中国の言いなりになって、反米的な文章を書いたりしたのか? キャンディをもらったから? まさか、そんな、子供じゃあるまいし。しかし、それではどうして?

 一応合理的にこしらえられる理由はただ一つ、「自分はもともと米国流競争主義に全面的に賛成じゃなかったのだ。少なくとも東洋であれば、共産主義もそう悪くないって、昔から考えていたんだよ・・・。」

そんな風に考えてみるのも、悪くはない。少なくとも、「キャンディをもらったから反米的になった」なんていうのよりはずっとましな感じがする。でも、キャンディをもらってしまったことは取り消せないし、文章を書いてしまったことも取り消せない。「信念」というのはそれらに比べるともともと見えないものだしね。

 

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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.23 21:54

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いいえ、お忘れになりますわ

2010.04.20

「なんと恐ろしい」と王はいった。「余はこのことを決して忘れまいぞ」。
「いいえ、お忘れになりますわ」と女王が返した。「備忘録にお書きなさいませ」。

ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』より
 

もちろん女王陛下は正しい。

恐ろしいこと、衝撃的なこと、涙が出るほどうれしかったこと。絶対に忘れないと思ったようなことであっても、私たちは忘れてしまうのだ。

その理由の少なくとも一つは、「私たちが馬鹿だから」ではない。忘れることは、いいことだ。忘れることには積極的な意義がある。

目にしたこと、耳にするもの、何でもかんでも覚えておくということは、地獄に生きるようなものだ。ピッピッピッポーン! 19時15分20秒をお知らせします。そんな台詞を、一生覚え続けて生きていきたいだろうか。

時間のことが忘れらない人は、ただひたすら時報を頭の中で繰り返して一生を終えることになりかねない。(そういう人も現にいるといわれる)。知覚は、何らかの基準に従って、脳から消え去る必要がある。それはつまり、忘れるということだ。
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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.20 23:14

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まるで心的活動が分別ある人間の脳髄からばか者の脳髄へ鞍替えしたような有様である

2010.04.19

 

まるで心的活動が分別ある人間の脳髄からばか者の脳髄へ鞍替えしたような有様である。

『夢判断』より

 

 

これは夢のついての記述であり、フロイトのではなく、フェヒナーの言であるが、おそらく多くの人の自分に見る夢についての見解は、これと大きくはちがわないだろう。

夢は

・どうしてああまで荒唐無稽か

・ みんな見ているのか?

・白黒かカラーか

・覚えておくのが難しいのか?

・自分が主人公か?

・なぜ見るのか? 

などなど、いろいろな 疑問が呈され、それへの仮説も提唱されているけれども、「謎が解けた!」と言うにはほかの心理学の見解同様ほど遠い。

原因は様々考えられる。「見た」といってもその実証に無理があることや、記憶に証言を絞るにも、記憶が急速に衰退する性質が夢にはある、ということ。 

ただ一つおもしろいと思うことがある。夢に大変な興味を持つフロイトのような人と、まるきりどうでもいいものと扱う人とに、すっぱり分かれているところだ。

夢の記録など、とても大変な話なので、その「荒唐無稽ぶり」もあって、夢の記録などに挑戦する人自体が珍しいのだ。

夢はきっと何かを「語っている」はずだという途方もない情熱を持つ人と、その情熱に絡んでお金を巻き上げようとする人と、本当に全くなんの興味も抱かない人とがいる。

皆似たようなものを見ていて、そうなのだろうか。それとも、実は全く違ったものを見ているのだろうか? そしてそもそも、「見て」いるのだろうか?

 

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star100年以上前にこのような議論がされていたとは驚きです。
star本を読まなくなったネット時代でも必読の古典
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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.19 15:28

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ああ、脳はあります。しかし、その脳が肉でできているのです

2010.04.18

「ちがいます。われわれもそれは考えました。ウェディレイの肉の頭に似ていましたから。しかし、さっきもお話したように、彼らを調べたところ、どこからどこまで肉でできているのです」

「脳はないのか?」

「ああ、脳はあります。しかし、その脳が肉でできているのです」

「それでは・・・どうやって考えるのだ?」

「おわかりになっておられないようですね。その脳が考えるのです。肉が」

「肉が考える! 考える肉なんてものを信じろと言うのかね!」

「そうです。考える肉です! 意識ある肉です!  愛し合う肉。夢見る肉。要するに肉なんです! おわかりいただけましたか? それとも、もう一度はじめからお話ししますか?」

『心が脳を変える』より

 

これはSFの一節からの引用に当たるのだが、 彼らの「驚き」は実は、私たちの「しっくりこない感覚」なのだろう。

脳が徹頭徹尾、肉でできている。意識を生み出すのは、肉だ。というのは結局のところ、多くの人間にとってしっくりこないのだ。宇宙人にとってではなく。

SFの中で驚愕して「考える肉なんてものを信じろと言うのかね!」といっているのは宇宙人だが、実はこう叫びがちなのは、人間の方だ。

 

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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.18 14:44

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何かを「努力してみる」という意向は自滅的な失敗の可能性も秘めている。

2010.04.17

 

「努力してみる」という発言も、実際に実行に移す前にあとずさりしてしまう夢想家グズ人間にとって特に問題となる。何かを「努力してみる」という意向は自滅的な失敗の可能性も秘めている。たとえば、航空会社の発券係に「できるだけのことを努力してみます」と言われるよりも、「できるだけのことをします」と言われたほうが望みがもてる。

『グズの人にはわけがある』より

 

 

何につけても可能な限り多くのクッションを挟み込んで、表現したがる人がいる。

あまり「表現」の「真相」を深読みしすぎると、深層心理マニアのような誤謬に陥ってしまうのだが、簡潔な表現が避けられていると感じたら、「真相」を探ってみるのも悪くない。

「〜と思われなくもない」などと言うときには、あまり言いたくもないことを言っているのだ。「〜と思われる」でも余計で「〜と思う」で十分だろう。

「〜と思われなくもなくもないかもしれない」をギャグでやっている間はともかく、「行けたらいいと思う」とか「そうなるように努力してみよう」などと繰り返していると、表現にモチベーションが制約されてしまう。そういうこともあるのだ。

 

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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.17 16:29

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被験者の回答は間違っていた

2010.04.16

 

彼らは学校課業に対する被験者の態度を確かめることから始めた。つぎにしくまれた集団討議が態度を変容させ、「賛成」から「反対」および「反対」から「賛成」への移行が見られた。さいごに、全員に対して自分が最初にどんな態度を持っていたかを尋ねた。被験者の回答は間違っていた。

『観察された記憶』(上)より

 

 

この種の実験は、実にたくさんある。大学時代に論文のデータベースを調べたら、いやになるくらい出てきた。

人の記憶は一貫しない。これは誰もが知っていることだが、一貫しないことに気づいていない。その受け、一貫しないことを忘れがちだということにすら、気づいていない。

比喩的に、自分が他人になってしまっても、それには気づかないというようにも言える。

先送りとか、意志薄弱とか、三日坊主という言葉が使われる。わりと平気で使われているが、自分が同一人物であることを前提として、これらの概念はとらえられているのである。

しかし、他人の決めた「タスク」を自分が「やらない」からといって、それと意志と何の関係があるだろう。これらは記憶の問題、と考えた方がいいように思える。

 

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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.16 11:56

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おまえはアメリカへ行って私を動物園に残しなど

2010.04.15

その後、治療者が休暇に出かけた際、民謡句を用いて、愛されることの絶望をあらわしました。

 ああ、私の可愛い人、私はおまえを愛している 

 ああ、私の可愛い人、私は、おまえが私を愛しているとは信じない

 もしおまえが、口で言うように本当に私を愛しているなら

 おまえはアメリカへ行って私を動物園に残しなどしないだろう

 ボウルビイ『母子関係入門』より

 

痛ましい詩だが、何人もの代理母を次々に経験せざるを得なかったこの詩の書き手ほどではなくても、似たようなアンビバレンスを私たちも体験する。

中途半端に好意を寄せられるということは、時として腹立たしい話なのだ。

と同時に、通常の私たちの好意は中途半端なものにならざるを得ない。 治療者だって休暇を取ってアメリカに行きたいときもある。

そういうことが、娘を持って以来、実地に試されるようになった。「本当に愛している」といっても、突き詰めていけば相対的なものなのだ。母子関係であれ父子関係であれ男女関係であれ。

 

 

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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.15 12:42

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行動の予測と制御は本質的に心理学の問題ではないということが含まれている。

2010.04.12

 

行動の予測と制御は本質的に心理学の問題ではないということが含まれている。チェスの名人がどのように駒を動かし、あるいは目を動かすかを予測するためには、われわれは何を知らなければならないのだろうか。名手の駒の動きは彼が盤面から抽出した情報に基づいているのだから、それを予測することができるのは、彼と同じ情報を得ることができる者だけである。別の言い方をすれば、予測を行いたいと望む者は、少なくとも名手が駒の配置を把握するのと同じ程度に、それを把握しなければならないだろう。ということは、彼は名手自身でなければならない。

U・ナイサー『認知の構図』より

 

 

このことは常識だが、心理学の実験でしばしば、体よく無視されているように思える。

「行動の予測と制御」という表現を、心理学者は平気で使用しているが、だいたいそこで予測されたり制御されたりする行動は、自分のではなくて他人のだ。

たとえば教育の分野で「心理学」と言えば「行動心理学」からの影響を大いに受けていて、B・F・スキナーなどは盛んに「行動の制御」による「改善」について強調した。

それに対して当然期待もあったし、危惧する声もあったが、いずれにしても「予測して制御できる」のは、自分よりも行動能力の低い人間に対しでである。あるいは、低すぎない人間に対して、である。

 

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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.12 11:57

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そんな時にはにはソーマを飲まないと

2010.04.09

「なんだか浮かない顔をしているね。そんな時にはソーマを飲まないと…」そう言ってベニートはポケットからソーマの小瓶を取り出した。これを1cc飲むだけで10の感情に効くという薬だ。

オルダス・ハックスリー『素晴らしき新世界』より

 

ハックスリーは作家であって心理学者ではなく、もちろんここに出てくる「新世界」も少しも素晴らしくはない。

ハックスリーは皮肉を書いているのだが、それでもこの「ソーマ」が本当に欲しくなるということは、ある。ソーマに限った話ではなく、「素晴らしき新世界」に出てくるフィクションは、なかなか魅力がある。 

いや、すでに「感情に効く」という触れ込みでこそないが、「気分がよくなる」とか「気持ちがスッキリする」というコピーであれば、医薬品ではなくても至る所で目にする。心理学者によれば、「気分」や「気持ち」は「感情」ほど長く続かないというだけで、さほど厳密に区別されているわけではない。 

だからと言ってもちろん、私たちが何かに「心を支配」されているというわけではない。そういう言い方はよくされるけれど、『1984』の世界にせよ『われら』の世界にせよ 、実際にはあれよりずっとグロテスクでナンセンスなものになりがちだ。

「究極の管理社会」など望む人はめったにいない。でも「ソーマ」が欲しくなるときはたいていの人にあるものだ。 

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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.09 13:55

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なぜ私の診療室では、劇的な治癒シーンが見られないのだろう?

2010.04.08

なぜ私の診療室では、劇的な治癒シーンが見られないのだろう? きっとタイミングよくバイオリン演奏のBGMが流れてこないせいに違いない。 

Psychiatry and the Cinema by Krin Gabbard and Glen O. Gabbardより

 

もちろんこれは皮肉であるが、ようするに、精神分析的な診療室の中では、映画にあるような「劇的な回復のシーン」など、なかなか展開されないということだ。 

当たり前のことだが、当たり前でもない。多くの人は、映画にわりと簡単に感銘を受けるし、ナッシュ教授を映画でしか知らなければ、統合失調症というのは、ああいうものだとそのまま信じても不思議はない。

しかも、ぜんぜんまったくああではない、とは言い切れないところもあるから、話はいよいよややこしい。最後にいもしない女の子の頭をなでるシーンがあるが、 あれはあれで感動的だ。

心の中では、ああいうようなこと、は起こるのかもしれないし、映画ではああいうふうに表現するのがいちばんいいだろう。

専門の診療室では「劇的な治癒シーン」はまったく起こらないとしても。

投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.08 11:43

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「ゆがんだ養育」が強迫性障害の原因だとする考えは、控えめに言っても根拠のないものだ。

2010.04.05

 なぜ強迫性障害が起こるのかということは、まだよくわかっていない。生物学的な原因を示唆する証拠は強力だが、残念ながら行動に関する生物学そのものが、まだあいまいな概念でしかない。薬によって治療できるということ、また多くの患者の家庭が比較的安定したふつうの環境であるという事実からしても、「ゆがんだ養育」が強迫性障害の原因だとする考えは、控えめに言っても根拠のないものだ。

『手を洗うのが止められない』より

 

筆者は続けて、「この病気は「疑い」が手に負えなくなったもの」と考えることもできると提案する。

つまり、「手をもう洗わなくていいだろうか?」という疑いに終止符が打てなくなっているとか、「家の火を消したろうか?」という疑いに終止符が打てなくなっているとか、そういうことである。

疑いの病、また確信の病。どうもそれらのごく基本的な感覚は、自意識的なものではないらしい。つまり「確信」は「わき上がる」ものであって、訓練によるようなものではないようなのだ。

そのことは、脳のある部分を切除したことで、副作用がひどかったとしても、「強迫性障害」についてはたしかに症状がとまってしまった事例から見えてくる。 また、強迫性障害には遺伝要因が強いようだという話からも見えてくる。

しかし、行動療法が強迫性障害の療法として大きな効果を上げていると、本書で強調されているところを見ると、一瞬違和感を感じる。

行動科学による療法は、たんなる強化学習によってではなく習得された習慣についても、消去が可能だということになるのだろうか?

 

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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.05 14:38

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人は動く。

2010.04.03

 

 人は動く。後ろを振り向き、身体を動かし、隣室へ歩いてゆき、店まで出かけ、世界一周の旅行をしたりする。知覚の特性は、人間の移動性(mobility)を考えずに理解できない。われわれの知覚系のそれぞれは、身体を動かすことにより手に入れられる特殊な情報を利用するように、進化してきた。

U・ナイサー『認知の構図』より

 

 

言うまでもない、あまりにも当たり前の話であるが、あまりにも認知的にものを考える癖をつけると、ついこの部分を考慮から外しがちになる。

知覚、注意、思考、記憶、言語、想像。

頭の中で人がやっていることはじつに多い。興味深い行為もたくさんある。が、 たとえば注意対象は視覚の中心に位置するとしても、なるべくそれをやりやすいように私たちは首を使って頭を動かす。

そういう身体運動に注意をもっと向けるようにと、ナイサーは本書で繰り返し言っている。ナイサーの認知心理学は、至って常識的で現実的だ。教科書もこの人に負っているところが大きいが、ナイサーの書籍をくまなく読むと、得るところはもっと大きいように思える。


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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.03 14:57

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それはねずみに自分の肛門をかじられるという妄想に悩まされていた

2010.04.02

 

 強迫性障害の精神分析のモデルは、一九〇九年に発表されたフロイトの「ねずみ男」である。それはねずみに自分の肛門をかじられるという妄想に悩まされていた、若い男性の精神分析の記録である。フロイドはこの恐ろしいイメージがもつ複雑な意味を解明してみせた。それによって患者もよくなったように思われたが、残念なことに、このねずみ男はまもなく第一次世界大戦で戦死して、長期的な治療効果については答えが得られなかった。

『手を洗うのが止められない』(晶文社)より

 

 

強迫性障害に関するごく初期の、本格的な研究として「ねずみ男」は有名であるが、今ではあまり知られなくなってきている。

フロイトが強迫性障害についても、あれほど突っ込んだ分析をしたということ自体、ぜんぜん知らないというセラピストも今では存在する。 

ねずみ男ひとつ読んでみても、強迫性障害という症例の幅広さと複雑さを垣間見させられる。 あのように解釈するかどうかは別として、問題として迫ってくるのは、その耐え難さと執拗さだ。

当然これは、「記憶の問題」だ。記憶の問題というと、忘れてしまうことが重視されがちだが、忘れられないというほうの問題も、深刻である。

いずれにしても記憶というのは、意識的に自在に扱えるわけではない。繰り返される悪夢というのは、そのことをはっきりと示している。

 

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投稿者 : 佐々木 正悟 | 投稿日時 : 2010.04.02 18:10

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