TOP > スペシャルコンテンツ > CTOインタビュー > KLab CTO仙石氏 > 第13回(2)KLab CTO仙石氏「はじめての就職とKLabとの出会い」
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2007.12.25
中学時代にコンピュータと出会い、将来はコンピュータの仕事をと考えるようになったというKLab株式会社CTO仙石氏。(2)では、その後初めての就職と研究職時代のお話と、KLab入社の経緯をお伺いします。

■初めての就職は日立製作所ですね。大企業ですが、なぜ日立に決めたのでしょう。
システム開発研究所に配属を希望したのですが、なぜそこに決めたかというと、たぶんその事業所の自然環境に惹かれたんですね。森の中にあるんですよ。
■森ですか。
川崎市麻生区に王禅寺という一周 3km くらいの自然豊かな丘があって、その中にシステム開発研究所と寮があるんです。日立製作所というと、国分寺の中央研究所の森が有名ですが、システム開発研究所の自然も、なかなかのものだと思います。寮にはテニスコートもあって、毎日定時きっかりに退社して、日没までテニスをしていたりしました。
■研究員としてどのような分野を研究されていたのでしょうか。
「ファジー」、「ニューロ」、「遺伝的アルゴリズム」という当時のミーハー御三家のような研究分野がありまして、私はミーハーなので「遺伝的アルゴリズム」を希望したら通りました。
■ダイナウェアのようなコンピュータの会社も経験した上で、雰囲気の違う大企業の研究所を就職先に選ばれたのはなぜですか。
初めは博士課程への進学も検討していましたが、大学には学問以外のいろいろなことがあるようなので就職することを選びました。一方でアルバイトでの経験から、ただ商用プログラムを作り続けることには物足りなさを感じていました。だから、学問志向で論文も書けるけど、大学ではないところということで、大企業の研究所を選びました。基本的には、自分の好きなことができることがポイントでしたね。
■研究所に勤めてその後はどうされていたのでしょう。
最初の3年くらいで論文を書きました。研究活動も自由な雰囲気で楽しく仕事をしていましたが、入社後5年ほどして、バブル崩壊の余波が会社の業績に影響しまして、ビジネスに結び付きにくいと見なされた研究分野に対する圧力が強まってきました。つまり重点研究に経営資源を集中させる施策ですね。「選択と集中」と言えば聞こえはいいですが、研究者自身が興味を持てない分野の研究を無理矢理やらせて、マトモな成果がでるものか、って思いますよ。
当時私は、本業の研究以外に、ネットワークに興味を持っていました。ネットワークについて詳しい先輩が、私の興味ありげな様子を察して、「そんなにネットワークに興味あるならマシンを1台やるから好きにしていいよ」とSPARC Stationをまるごと一台貸してくれました。その日から、「すべて理解してやる」という勢いで、紙の電話帳よりあついマニュアルを読破しつつ、毎晩遅くまで SPARC Station をいじり尽くしました。
この時代に身につけたことは今でも私の基礎になっています。そういった背景もあり、同じシステム開発研究所の中でもネットワークの部門があった横浜の拠点へ異動を希望することになります。
■希望するネットワークの部門へ配属されましたか
横浜の拠点への異動は叶ったのですが、TCP/IP の部署にはあいにく前任者がおり、その部署への異動は通りませんでした。結局、ネットワークといってもテレコムネットワークという、似ても似つかない分野を担当することになってしまいました。
■テレコムネットワークですか。
当時はテレコムネットワークの方が、TCP/IP より「まとも」なネットワークと見なされていたんです。TCP/IP は学生達が勝手に作り上げたネットワークで、いずれテレコムネットワークの発展系によって置き換えられると当時は考えられていました。だから、テレコムネットワークこそが重点研究分野であり、その研究をやれ、と言われてしまったわけです。
そんなことを上の都合で言われても、興味を持てないことに取り組むことなぞできない相談です。当然研究自体には何の進展もなく、無い成果をいかにアピールするかという、パワーポイントのスキルばかりが上達しました。こんなことをやっていて仕事が面白くなるわけはありません。そんなある日、転職エージェントから電話がかかってきました。
■転職のきっかけはエージェントからの電話ですか。
電話で話をしたあと、オフィスに出向いて登録手続きのようなことをしました。今から思えば、スキルシートにチェックしただけです。これで人をどう評価するのだろうと思いますね。その日のうちに1件、会社を紹介されましたが、あまりにもでたらめなビジネスモデルだったので興味を持てずお断りしました。
■その後はいかがですか。
その数ヵ月後に某外資系の通信ネットワークの会社を紹介され、選考へ進んだのですが落されました。ネットバブル崩壊時に撤退した外資系のうちの一社だったので、落されて幸いだったと、今では思いますけれど。
落されたものの、その転職活動を通して、自分にとって転職が現実的なものとなっていきました。そのエージェントは外資系に強い会社だったので、外資系の会社の紹介が多かったのですが、
私は、英会話はそれほど得意でもないので、日本の会社がいいなと思っていました。そこへ、次に案内された会社は、日本語でレジェメを出してくださいとオファーが有りまして、日本の会社だと嬉しくなりましたね。
■それがこちらの会社ですか。
何をやっている会社かと聞いたところ、携帯コンテンツでシェア1位ということで、へー、シェア1位かと感心しました。当時の携帯コンテンツ業界はそれほど規模も大きくなかったので、シェア1位といっても大したことなかったんですけどね。それがサイバード社でした。
(KLabの前身となるケイ・ラボラトリーは、サイバード社の研究・開発部門。2000年に分社独立)
■素敵なご縁ですね。
転職の経緯については、その後日談まで、雑誌連載のあとがきで書いたことがあります。ご興味があれば、私のWebサイトの、過去に日経Linux で連載していた記事の「実践で学ぶ、一歩進んだサーバ構築・運用術」の最下段、あとがき「ライターから」をご覧ください。
次回は2008年1月8日にup予定。
いよいよ、ベンチャー企業での怒涛のエンジニア生活が始まります。
第13回(3)「エンジニアとしてやってきたこと、CTOとしてやっていること」
KLab株式会社についてもっと知りたい!
仙石浩明CTOの日記
KLab技術者サイト lab.klab.org
KLab株式会社が開発したソフトウェアノウハウ、実験的なサービスを公開
投稿日時 : 2007.12.25 09:16
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