TOP > スペシャルコンテンツ > CTOインタビュー > パイプドビッツ佐谷氏 > 第12回(2)パイプドビッツ佐谷氏「会社を立ち上げて、独自サービスを作り始めるまで」
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2007.11.12
1990年代のソフトウェアの流通革命を目の当たりにし、インターネットの持つ可能性に強く惹かれたとおっしゃる、株式会社パイプドビッツ代表取締役社長佐谷氏。(2)では、起業して会社が会社として機能していく様子をお伺いします。

■どうして起業したんでしょう。
絶対自分は起業する、という強いモチベーションがあったわけではありません。
■ 就職活動は時期的にむりだとしても、大学で研究を続けるという選択肢もあったんですよね。
自分で決めたというより、いろいろな周囲の状況が決めてくれたという印象があります。私が在籍していた大学は、数年後に独立行政法人化するということが決まっていました。私が大学を出た後に、助教授は任期制になりました。アカデミックな世界も変化の時を迎えていたんです。それから、研究は研究で面白いのですが、このまま大学の中で研究を突き詰める以外にも生き方はあると感じていました。
例えば、大学に残って研究すれば論文の数は勝てるかもしれませんが、実際に海外などの現場でビジネスを成功させた人が論文を書けば、より説得力のあるものになる可能性だってあります。将来研究の道で勝負をするにしても、一度は大学の外に出て経験を積みたいと考えるようになりました。
■そして、2000年4月に起業ですね。
そうですね。自分の中で決心し、教授に報告に伺ったところ、最初は「やめなさい」と止められました。(笑)
■大学の外、それも学んできた学問と畑違いの分野ですからね。
最終的に決断した理由は、タイミングです。時代の流れです。大学も変わってきていて、インターネットも変わってきていて、世の中が変わってきているのだから、多少の畑違いは問題になりません。
■当初は何名でスタートしたんでしょうか。
最初は社員が3人、アルバイトを含めて5名ですね。
■最初の3名はどういう経緯で参加したんでしょう。
全員大学時代の仲間です。ひとりは僕の2年下の後輩で、先にIT業界に就職していたメンバーです。
■建築を学んで、IT業界に進んだ方も多くおられたんでしょうか。
いましたね。1997年頃は、ITの持つ可能性が大きく取り上げられていましたから、就職先にIT業界を選ぶ人もいました。ITブームが落ち着いた後、つまり2000年以後は、自分の周りでも、IT業界に飛び込んだ人は少ないように思います。
■会社設立して初めてのお仕事はどういう形で始まったんですか。
初めて売上が上がったのは、コンサルティングの仕事でした。学生時代の知り合いのツテで、テレマーケティング会社の社長さんと知り合いまして、初めてその会社にご挨拶に伺った際に、「インターネットはすごい」という話をして帰ったんです。それからちょっとして、社長さんから連絡があって、「インターネットを使って、うちの業務も効率化できるか?」と聞かれたんですね。そこで、「できます」と。そこで仕事となりました。
■具体的には何を効率化したんでしょうか。
その会社は社員60名ほどの規模で、英会話などの教材を電話を中心に販売するという業務をしていました。いわゆるテレマーケティングの仕事です。業務の流れとしては、電話をかけてアポを取り、実際にお会いして商品の説明をし、契約するという流れです。改善ポイントとしては、アポイントが取れて一度商品説明をしているのに、成約しなかった方へ再度アプローチする機会をどうしたら持てるか、また電話でアポイントが取れない方に、どうしたらアポイントがとれるか、そういうことをインターネットやメールなどの新しい手段を使って提案しました。メールは、電話より距離感をおいてアプローチできる、新しいツールですよと。
■マーケティングに使うんですね。他にはどんな仕事をこなしましたか。
もうひとつやった仕事が、出資してくれた会社の、広告キャンペーンの効果を測定するためのソフトウェアの開発です。実施したインターネットのバナー広告に対して、反応が良かった場合は、ニコニコマークが表示されるようなインターフェースで、数値分析から反応の有無、効果をレポート形式で出力できるようなキャンペーンの効果測定ツールです。実はこれ、まだ私が学生だった時に当時の出資元の専務に提案したものなのですが、提案したのには理由がありまして。
■理由ですか。
福岡から東京に引っ越してくるのに、引っ越し代がなかったんですよ。(笑)インターネットの引越し見積りサイトで複数の見積りを取ったところ、どう考えても、8万円くらいかかることがわかり、そのお金を稼ぎたかったんです。こういうソフトがあると良いですよね、作りましょうか、ということで提案したところ、「いいね」と言っていただき、対価として20万円ほどをいただきました。このお金で、東京に引っ越しました。会社を立ち上げる前の話ですが。
■なるほど。依頼ありきでなく、提案でニーズを先取りすることがチャンスにつながったのですね。
その後、その企業向けのソフトウェア開発に本格的に取り組むことになりました。親会社が、電子メールを活用したマーケティング事業に注力していたので、その業務の基盤となるソフトウェアを作ることになりました。これが会社として初めて作ったソフトウェアです。
■ 自分でソフトウェアを作っていらしたんでしょうか。
はい。最初は見よう見真似です。大学院時代は都市計画のシミュレーションにFortranを使っていました。研究の際に、都市のモデルを作るわけですが、たとえば、将来こういった人口分布になったら、これくらいの都市の面積には、どのように人口が分布するか、商業施設の床面積はどれくらいで分布はどのようになるかなどをシミュレートするんです。重力モデルやその応用モデルに、位置と人口などの属性からなる多次元情報をインプットして、距離が遠くなればなるほどポテンシャルは低くなるという感じで、抵抗などに関するパラメータを変えると、結果がどうなるかということを何度も何度も演算します。実際に手でやると時間がかかって仕方ない、というか現実的な時間内では出来ません。
こういった経験から、プログラムを作るのがどういうことかというのは理解していました。必要なら作れば良い、という具合に。あとは本をみて作りました。2000年ごろには、プログラミングの本もずいぶん充実していましたしね。
■当時利用されていた技術はどういった技術ですか。
会社で作っていたソフトウェアはCやJavaがベースです。Javaは、先ほど紹介したキャンペーンの効果測定用のソフトウェア開発の際に使いました。Javaは当時注目されていて、どんなものか試してみたくなりまして、私がJavaを使ってプログラミングしたのはこれ1回きりで、それ以外はC言語ばかりです。Javaはそれっきり、他の社員に任せています。
■人脈頼りのお仕事を何件かこなして、会社ができていくんですね。
キャンペーン測定ツールの次に、メール配信のシステムをつくりましたが、ここまでが会社のスタートアップ時にやった仕事です。時期的には2000年4月の会社設立前から、同年6月くらいの間でしたね。その後7月に、こういった小さいソフトウェアを受注して作るのではなく、自分たちで考えたソフトウェアを作ろうということで、今の当社の主力サービスとなっている、「スパイラル」の開発に着手しました。
次回11月19日up予定
第12回(3) 「やった事がないことを『できる』と言い切る人間は成長する」
■データベース連動型メール配信ASPならスパイラル
■パイプドビッツという会社についてもっと詳しく知りたい!
投稿日時 : 2007.11.12 09:17
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