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CTOインタビュー

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第9回(1)フォートラベルCTO山路氏「インターネットを使って感じたつながる喜び」

2007.07.12

CTOインタビュー第9回は、『旅行のクチコミサイト フォートラベル』を運営するフォートラベル株式会社の取締役CTO山路昇さんにお話を聞いてきました。果たして、旅行サイトを作る人はみんな旅行好きなんでしょうか。そして山路さんにとっての転機はいつ訪れたのでしょうか。

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趣味を通じて知ったインターネットのすごさ



■山路さんとコンピュータの関わりを教えてください。
それは小学校4.5年生の時にさかのぼります。当時僕は電気屋さんに行って、パソコンを見たり、触ったりしてました。電気屋さんの書籍コーナーから本を勝手に取ってきて、それを見ながら店の中にあるパソコンをいじってました。

■なんだかローカルな香りのするエピソードですね。出身はどちらですか。
和歌山です。友達たちがファミコン、ファミコンと盛り上がっている頃、僕はパソコンに出会って、中学への入学祝いとして両親にパソコンを買ってもらいました。今32歳なので、パソコンを使い始めてから実質22年ですね。すべてはここからで、両親に感謝しています。

■パソコン歴長いですね。
そうですね。社会人や大学生になってからパソコンに触ったという方が多いと思いますが、僕はかれこれ人生の2/3くらいパソコンを触っています。

■当時はパソコンで何して遊んでたんですか
プログラムを作ってましたね。これは誰に教えてもらったかがよくわかんないんですよ。小学生、中学生の頃に、本を読んで自分で勉強したんだと思います。それで、「ものを作る」ということにはまりました。自分が作ったプログラムを弟にやらせたりして反応を見たりして。そういう経験から、作る楽しみというものが体に貯まっていったという感じです。

■自分が作った一番古いプログラムは何だったか覚えてますか
覚えてますよ。初めて自分で作ったプログラムは、スペースキーを連打するとキャラクターが走るプログラムです。ただ走る。それだけ。何秒でゴールに到達するかを競うゲームでした。実はこのゲームには攻略法があって・・・押しっぱなしが一番早いんですよ。(笑)20年前のことです。

■ファミコンはしなかったということで。
ファミコンは買ってもらえなかった・・・。あすなろブロガーのマイネット・ジャパンCTOの松尾さんも同じように20年前、彼も地元でひとりパソコンやっていたそうです。初対面で、そういう共通点を見つけることができて、すぐに仲良くなれました。

■ファミコン買ってもらえなかった人の輪ですか。
そうですね。

■開発は、やっぱりBASICですか?
BASICですね。

■じゃ、愛読書は・・・
ベーマガ。

■投稿歴は・・・
1回有。それは掲載されなかったですけどね。

■ベーマガに掲載される人はかっこいいと憧れていた少年のひとりですか。
今でも有名なスーパープログラマはいっぱいいますが、あの雑誌に掲載されていた人は、あの時代の読者にとってスーパープログラマでした。当時は僕も中学生だったこともあり、すごく敷居が高く感じていて、それこそ神みたいに見っていましたね。

■憧れてた人っていますか。
特にいないですね。でも思ったものを作れるというのはすごいなと思ってました。

■和歌山だとパソコン持っている人はまだ少なかったんじゃないですか。
あんまりいないですね。当時の学校のクラスに1人くらいパソコン持っていて、持っているだけでなんか賢そうな感じでしたよね。僕がパソコンを買ってもらったのは、ファミコンを買ってもらえなかったというのもありますが、プログラムをしたいと思っていました。なぜそう思ったのかはわかりませんが。そして両親に頼んで買ってもらったんですよ。

■学校でパソコンクラブとかが学校で設立されはじめた頃ですか。
倉庫の片隅とかでやってるような。中学校入学時は、僕もパソコン部に入部したんですが、入ってみたらみんなゲームしてるばっかりで。すぐに行かなくなりました。

■僕がやりたいのはプログラミングだ、ということですか。
そうです。作る側が好きでしたね。それはずっと変わりません。

■インターネットはいつからですか。
大学生になってからです。パソコン通信とインターネットが同時くらいですね。90年代前半です。

■インターネットで劇的にパソコンへの関わり方は変わりましたか
変わりましたね。今まで周りの友達にもパソコンを持っている人は少なかったですが、最近では誰でも持っていて、距離とか時間とか関係なくメールしたり、連絡したり、友達のブログを読んだり、ブログにコメント書いたり。インターネットがなければ、学生時代の友達たちと今ほどつながっていなかったかもしれません。

■使い方も変わりましたか。
大学の授業で、経営分析のシミュレーションのプログラムを作っていたのが、今ではインターネットですよ。

■プログラミングは大学に入ってからもかなりされてたんですか。
大学に入ってからはあんまりプログラミングしてないですね。インターネットや、パソコン通信、ゲームしたり、ギター弾いたり。当時は、本当にインターネットがとにかくおもしろかったので、ホームページを作ったりしていましたね。

■ブラウザで見えるってすごいという感じでしょうか。
ファイルアップするだけでたくさんの人が見ることができることに感動して、かなりやりましたね。

■インターネットがおもしろいと思ったきっかけって何ですか。
僕はあるアーティストが好きだったんですが、まわりに同じアーティストを好きな人がいなくて。ある日Yahoo!で調べたら、何人かそのアーティストが好きだと日記に書いている人がいたんです。で、その人たちにすぐにメールを送って、すぐにメーリングリストを作って全員呼んで。早かったですね。メーリングリストの参加者は、初めは10人位だったのが、最後100人まで増えました。90年代半ば~後半にかけての出来事です。ちなみに、彼らとは今でもコンサートで会ったりしてます。

■ちなみにどなたか聞いてもいいですか。
織田哲郎さんという方です。ZARDさんに楽曲提供したり、相川七瀬さんをプロデュースしたりとかしてる人です。でもいまだに、偶然「私もファンです」という方に会ったことはなくて、インターネット経由でしか会ったことはないです。この出来事で、僕はインターネットでの人のつながりの可能性を強く感じましたね。

■コンピュータ単体から、コンピュータを通じてつながることに興味が移ったんですね。
そうですね。当時はチャットとかもやっている人にはまだ日本人が少なくて、やっている人の9割くらいは外国人だったんですね。なので、自然と外国人の参加者とチャットすることになり、なんとか英語で会話していると、「僕マイクロソフトで働いてるんだよ。これベータテストしてくれよ」とか急に言われるわけです。マイクロソフトで働いてるって、当時のマイクロソフトへの憧れは今のグーグルへの憧れに近いかな、とにかく僕らからみたらそんな人たちは神同然で、「神と話してる」なんて気分になりましたね。まあ本当にマイクロソフトの人かどうかは確かめようがないですけど、そういう経験はすごく楽しかったですね。

■チャットは当然英語なんですよね。
はい。でも僕は全然しゃべれないですよ。でも、チャットで英文打ち込むくらいはできます。エンジニアにとって英語はできたほうがいいです。技術やソフトウェアのマニュアルや調べ物など、海外にある情報を調べるため、それから、新しい、これから流行りそうなサービスは海外から出てくることが多いのでそれをウォッチし続けるために英語が必要になります。英語は苦手でも、接し続けるということが重要だと思います。

たまたま就職した会社が「旅の窓口」を始めたから

■その後就職されるんですね。
大学を出て、日立造船グループのシステムを作る会社に就職しました。僕は大学が文系だったのと、ちょうど年代的に就職が厳しい時期で・・・

■就職氷河期ですか。
1997年の就職ですね。就職はコンピュータに携わる仕事にしか興味がなくて、ずっとコンピュータ会社に応募し続けたんですけど、内定どころか、募集説明会の案内すら送られてこなかったんです。友達には来るのに僕には来ない。そこで、「説明会の案内がこないんですけど」とメールを送ってみたんです。自宅でインターネットしている人がほとんどいない時代ですからね。社会のことを知らない失礼なメールだったかもしれませんが(笑)。その後、メールで返事が来て、採用していただけました。

■インターネット関連の会社に就職ではないんですね。
僕が就職活動していた頃は、まだインターネット関連と明確に言える会社は少なくて、インターネットで企業情報を公開している会社も少なくて、そこまで関心が及ばなかったんです。その先のキャリアに「インターネット」というキーワードがあるとは思っていましたが、就職はまずはプログラミングができる仕事ならどこでもよかったんです。

■インターネットに携わるきっかけを聞いてもいいですか。
社内の他部署で宿泊予約サービスを提供する「旅の窓口(当時は、「ホテルの窓口」。後の楽天ト
ラベル)」がありました。異動を希望し続けて、入社4年目に念願かなって異動します。そこからですね。

■それを狙って就職した会社ではないですよね。
はい。偶然です。「旅の窓口」に携われたことは僕にとって大きな転機となりました。

■当時、今の自分は想像できてましたか。
いや、漠然としたイメージはありましたけど、今こうやってインターネットサービスを作る仕事をすることになるだろうと言うことは、全然想像つきませんでしたね。今振り返ってみると、こういう自分も悪くないな、と思います。


次回は7月20日up予定。
第9回(2)「念願のインターネットサービスを作る仕事での苦楽」


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投稿日時 : 2007.07.12 13:30

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