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CTOインタビュー

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第8回(2)ウノウCTO尾藤氏「やりたいことを追いかけてシリコンバレー」

2007.06.05

高専時代に出会ったLinuxに惚れ込み、Linuxに関わる仕事に就職を決めたウノウ株式会社CTO尾藤氏。尾藤氏が次に見つけた「やりたい事」とは?半年間のシリコンバレー生活についてお聞きします。

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8ヶ月毎日毎日未踏ユース

■HDEにおられる間に、IPAの未踏ユースに挑戦されるんですね。
2003年のことです。未踏ユースの第2期です。楽しかったです。採択されてからは、プロジェクト進めながら、未踏ユース関連のイベントにいろいろ参加していました。未踏ユースから得たものはすごく大きくて、特に人脈という点では、すごく面白いエンジニアにいっぱい知りあいました。

■国関連の事業でありながら、すごくアグレッシブな文化なんだそうですね。
すごくおもしろいですよ。

■プロジェクトは何人ですか。
僕個人のプロジェクトです。僕ひとりです。

■じゃあ採択されてからも、プロマネがつくけど作業は実質ひとりですか
そうですね。これは最後まで自分ひとりでした。

■これはおもしろかったですか。
おもしろかったですけど、死にました。(笑)日中は仕事を続けながら、残った時間で未踏ユース関連の業務をこなしていたので、毎日終電近くまで会社でやって、土日も毎日やって、それが8ヶ月続きました。やっぱり未踏やるんだったら会社休まないとだめだなーって思いました。

■でも会社休まずに最後までやったんですよね。
一応なんとか。自分的には、あんまり満足行くほどの結果が出るところまでやれなかったことが、今でも悔やまれます。

■もっとこのプロジェクトにエネルギーを注ぎたかったけど、仕事も辞められなかったんですね。
まあそうですね。ちょっと休みもらうくらいはたぶんできたんでしょうけど。

■ところで、なぜ未踏に応募してみたんですか
やっぱ未踏に出してみたいなっていう気持ちからですね。僕、思いついたらやらずにいられないんですよ。

■未踏、名前がいいですよね。
そうそう。前人未踏の未踏ですからね。

シリコンバレーに行ってみたくて

■未踏をやりきった後、シリコンバレーに行かれるんですね。これは語学留学ということですが、実際は何をしてたんですか。
実際はニートじゃないですかね。(笑)

■ニートですか。アメリカでは特に仕事はしなかったんですよね。
してないです。初めは、勉強しながらアメリカで仕事もできたらいいなーと淡い欲望を抱きつつ渡米したんですけどね。就職活動はちょっとしてみたんですが、時期的な問題もあってあんまりうまくいかなかったというか。

■ある日突然行ってみようと思い立ったんですか。
そうですね。ずっと海外に行きたいって思いはありました。僕はこの仕事が好きだし、これからもずっとIT系でやっていきたいと考えた時に、そのためには英語ができないとダメだなという結論に至りました。国内でも、一応英語勉強していて、日常英会話くらいはできるようになったんですけど、所詮それは日本国内での話だから、実際に海外で英語鍛えたいな、海外行きたいなーと思ってて、せっかく行くのなら、シリコンバレーでしょ!ということで。

■で、会社やめてしまうんですね。
未踏が終る前くらいから、未踏終ったら次何しようかなって考えてました。僕はとりあえず何かやってないと気がすまないんですよ。大学にいながらVineやったり、仕事しながら未踏やったり。

■忙しい状態が好きなんですね。
というより、やりたいなと思ったことをとにかくやらないと気がすまない性格なんですよ。

■思い立ってすぐ旅立ったんですか。
思いついて1.2ヶ月ですね。語学学校だけ決めて。学生ビザなのでそうしないと入国できないんで。

■特にツテもないまま。
全くないですね。あんまり後先考えないんで。

 

2003年のシリコンバレー

■2003年のシリコンバレーってどんな感じだったんですか。
9.11のテロの影響がまだ色濃くて、労働ビザの発行が厳しかったですね。ビザの発行枠もすぐ埋まってしまうし、アメリカで働きたい人が1年くらい待たなきゃいけないという状態でした。だからあの時期にアメリカで就職するっていうことは難しい状態で、ビザが取得できるのは、アメリカの大学出た人ばかりで、僕みたいにバックグラウンドのない人間がビザを取得するのは厳しい状況だったと思います。

■語学学校のクラスメートは日本人だけじゃないですね。
いろんな国の人が語学を学びに来てましたね。

■日本人も多いんじゃないですか。
いますよ。IT系とかじゃなくて普通におもしろい人がいっぱいいましたね。例えば、普通に新宿2丁目に遊びに行くような人とか。

■新宿2丁目ということはあっち側ですか。
サンフランシスコですから。メッカなんですよ。

■サンフランシスコに住んでいたんですね。
はい。あの街では、男性から見つめれらる可能性が高いんですよ。男性から話しかけられる確立もすごい高いですよ。

■男性コミュニティがあるんですね。
ありますよ。そこをかいくぐりつつ。でも車を意識せずに生活できる少ない街ですからね。

■語学学校時代はどんな一日を過ごすんですか。
朝は語学学校に行って、昼の3.4時くらいに授業は終るので、その後みんなで遊んでました。

■みんなで遊ぶって何するんですか。
うーん。・・・何して遊んでたんだろう。アメリカらしさのあるいろんなところを見に行ったり、あとは、現地のIT系の人に会いに行ったりしてましたね。

■それは日本の人脈を通じてですか。
いや、向こうで適当に捜すんですよ。

■おもしろそうな会社見つけたら、連絡して、OK出たら遊びに行くというような。
はい。そんな感じですね。

■おもしろい会社ありましたか。
一度、グーグルに行きましたよ。グーグルのランチを食べてきました。うまかったですね。いいっすよね。ああいう環境は。

■これがアメリカか、という感慨ですか。
いや、外国かというより、これがグーグルか、と。

■会いたい、行きたいと思えば遊びに行ける風土があるんでしょうか。
グーグルのときは、進太郎(山田社長)と一緒だったんですけどね。

■ウノウ社長の山田氏との出会いもこの留学中でしたね。
そうです。

■社長は語学留学じゃないですよね。
語学学校には通ってましたけどね。進太郎(山田社長)はもともとシリコンバレーで起業したいというのがあって、グリーンカードも持っていて、起業準備でアメリカに住んでました。。

■もうアメリカに住んでいたんですね。
そうです。起業準備の傍ら、語学学校にいって英語も勉強しつつという状況だったようです。

■当時はもうサービスが立ち上がっているんですよね。
もともと、ウノウは進太郎(山田社長)の個人会社で、その頃には「映画生活」は始めていましたね。

■いろんな方と知り合いになる中で山田氏とも知り合ったんですね。
そうですね。


次回は6
月11日UP予定
第8回(3)「社長との出会ってWebサービスの人になるまで」をお送りします

ウノウってどんなサービスをしてるの?
みんなの写真共有サービス「フォト蔵」
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投稿日時 : 2007.06.05 21:27

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