TOP > スペシャルコンテンツ > CTOインタビュー > ドリコム井上氏 > 第7回(2)ドリコム取締役井上氏「学生団体ドリコムが会社になっていくまで」
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2007.05.01
隠れコンピュータオタクだったと語るドリコム取締役井上氏。第7回(2)では、井上氏がいよいよドリコムに参加される経緯をお聞きします。参加のきっかけとは?そして参加したあとに始まる怒涛の日々とは。
大学に行かずにドリコム一色
■大学は理工学部情報学科でしたね。勉強されていた分野は何ですか。
あんまり大学には行けなかったので、分野といわれると・・・。研究室は知識工学系でした。
■知識工学系というのはなんですか。
例えば、オンラインゲームの研究など、コンピュータ自体ではなく、応用的な研究ですね。
■大学時代は勉強せずに何していらっしゃったんでしょう。
ドリコムです。(一言)
■ドリコムだけですか。
はい。ほとんどドリコムです。
■ドリコムとの出会いを教えてください。
メールで誘われたのがきっかけです。大学1回生の授業で、ホームページを作るという授業があって、その時に学生の制作したホームページのURL一覧が学内のサイトにあったんですね。それを見て「この人できそう」というノリで誘われたようです。
■誘ったのは誰ですか。
取締役の廣瀬です。そのときは会社からスカウトがきた!と思ってドキドキしてたんですが、指定された場所に行ってみたら「なんだこれ」と。(笑)
■初めてオフィスに行ったときですか。
当時は京都の学生やベンチャーに場所を貸している、大学コンソーシアム京都と言うところで場所を借りて皆で仕事をしていたんですが、僕が初めてそのオフィスらしいところに行った時期は、ドリコムで運営していた学生向けのコミュニティサイトのプロモーションのためにやることになったファッションショーの準備期間と重なっていて。なので、常に30-40人くらいの人が出入りしていて、どの人が幹部なのか、誰が誰だかわかりませんでした。
■まさに学生サークルですね。で、うろうろしていたら廣瀬さんがこっちこっちみたいな。
わけがわからないですよ。でも、初めて行ったその日に、「携帯でメールを送ったら、大学の休講情報が返ってくるようなものを作りたいんだよね。作れる?」と突然聞かれて、「できると思います」と答えたところ、「じゃあ、よろしく。」とそのまま任されてしまいました。
■いきなり仕事を振られるわけですね。振ったのは誰ですか。
それが社長の内藤です。なんか、ひとり偉そうな兄ちゃんがいるなあと思っていたら、その人が代表でした。
■それで引き受けてしまったと。
はい。ひとり家で作っていました。任されたときに内藤(社長)に、「作ったら関西中の大学に広めたい」とも言われたんですね。これを僕が作って皆が使うようになったら面白いだろうなあと直感しました。でも、初めに任された「休講情報通知システム」は、結局日の目を見ませんでした。当時は、お金がなくてサーバ環境などが用意できなかったんです。
Myprofileが出来た瞬間
■その後はどうされていたんですか。
ドリコムで運営していた、学生コミュニティサイトの運用を手伝っていました。掲示板やプロフィールを乗せる機能を作ってサイトに追加したり、過去問題を載せてみるなどのコンテンツを企画したりですね。
■コンテンツの企画からやってたんですね。
プロモーションもやるんですよ。とにかくビラをまいて1.2週間で3000人集まりました。その頃は、とにかく「会員を増やすためにどうやってやっていけばいいか」を皆で話し合っていました。その中で、僕はそのプロフィール機能だけをもっとブラッシュアップしたらどうかと提案したんですね。
■後に「Myprofile」になる機能は、井上さんの発案なんですね。
僕は、「プロフィール機能を拡充して、それを署名として利用してもらったらもっと会員が増えるんじゃないか」というようなことを言いました。そうしたら、それを聞いた内藤がそれだけでサービスにできると言い出して、これが「Myprofile」になって行きます。
■これは何人くらいで作っていたんですか。
「Myprofile」は、僕と浅井という当時同じ学校の同じ研究室だった人間と2人で作りました。浅井は今も一緒に社員でやっています。これもシステム作るだけではなくて、ビラをまいたり、いろいろな掲示板に書き込んだりと、とにかくプロモーションして、結果として3000人まで会員を増やすことができました。あとは、バイラルマーケティングで、プロフィールを見た人がさらに会員になって・・・という繰り返しで、こちらが何もしなくても会員が増えていくという状態に持っていけました。
(※「Myprofile」はその後無料ブログ提供サービス「ドリコムブログ」に統合)
■これで黒字化ですか。
いや、それを作ってもビジネスとしてはまだうまく動いていませんでした。法人化して初年度の売上は3万9000円だったんですよ。黒字化は、その後に、関西のポータルサイトの大規模な案件をとってからになります。
学生のまま初めての修羅場に突入
■この案件はどういう案件だったんですか。
すでに稼動して10万人の会員がいる、関西の様々な情報を集約したポータルサイトのこのサイトのコミュニケーション機能を強化することを目的としたリニューアルでした。
■今までの仕事を考えるとかなり大きな仕事ですね。
はい。これは大変でした。そんな大規模な案件をやったことがないばかりか、技術的にも今まではPHPをメインでやっていたんですが、この案件はJavaメインで作られているのでJavaでやらなければいけないという状態でスタートしました。
■あるのは、コミュニティサイトとしてのノウハウだけですか。
社長が取ってきた案件だったんで、一同「えーっ!」と言うところから始まり、その結果、僕は2ヶ月会社に泊まりこみました。僕自身Javaは得意ではなかったので、一気に勉強しつつ、Javaが出来る人を採用しつつ。
■この案件受けた頃って、まだ井上さん学生ですよね。
学校行けませんでした・・・。
■この困難な状況をどう乗り越えたんでしょう。
とにかく、知識が足りないのでまずJava全体が分かるような本を読んで、こういう技術が必要なんだと言うことを知って、さらにひとつひとつ勉強しました。
■たとえばどういう内容ですか。
Javaのプログラミングやアーキテクチャデザイン、それから負荷分散の技術など、関係あることはすべてです。
■アーキテクチャから再勉強ですか。
Javaの本を読んだら、PHPと全然違うことが書いてあって。JAVA独自の設計手法も多くて、これは大変だと。
■しかも対企業の案件ですよね。
はい。開発以外にも、客先に、サイト構成についても説明したり打ち合わせたり、最後の導入まで一通りやりました。
■心境に変化はありましたか。
これは本当にしんどかったんで、追い込まれても多少のことでは精神的に辛いと思うことはなくなりましたね。このときは、本当に風邪をひいても家に帰りませんでした。
■ 次回はドリコムの主軸製品となるBLOGツール開発に関するエピソードをお聞きします。
■ 第7回(3) 「社長の一声でブログシステム開発がスタート」
■ 5月7日UP予定
>> ドリコムの個人向け6つのサービス
>> ドリコムという会社をもっと知りたい
投稿日時 : 2007.05.01 23:18
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