ぼくらはにんげんだ
2008.07.03
こんにちは。吟遊詩人のどこやまです。
みなさんは山田かまちさんをご存知でしょうか。
17歳の時にエレキギターで感電死をしてしまいましたが、
死後ベットの下から多くの絵と詩が出てきてという人生を歩んだ人です。
ふとしたきっかけで彼のことを知りましたが、知れば知るほどハマっていってしまいました。
私が好きな詩を紹介させてください。
「君はいったい何をやっているのか。
飢えていなけりゃ人間は何かできない。
なぜなら飢えていなければ
何かする必要が全くなくなってくる。
その時は死ねばいい。」
少し暴力的な表現ですが、その詩に深く共感しました。
私達のニュートラルな状態って「しない」状態なんですよ。
「している」状態というのは、目標を達成するために必死に考えて行動する経営者とか、プロで活躍するために毎晩素振りを欠かさない野球少年とか。
そういった人たちがなにかを「している」状態です。
「しない」状態というのは、授業を受け身で修学しカリキュラムに沿って行動が決まる学生、与えられた仕事を最低限こなすだけのサラリーマン。
多数派な人たちが飢えない程度に必要最低限の行動をとっていて、それは普通で「しない」状態だと思っています。
だからといって山田かまちさんのように「その時は死ねばいい」とまでは思いませんが、飢えないと向上心を失うのが人の性なんだと痛感しています。
そういった心にとどまるモヤモヤしたものを山田かまちさんの詩が形を捉えてくれて「これだ!!」と共感し感動したんですね。
その他にも、胸に響く多くの言葉がありました。
「人間は犬とコンピューターとどっちに似ているか?
」
「高校へ行ってぼくはだんだんバカになっていく。」
「自己中心って何ですか?
自己中心の本当の意味を間違えると
他人中心になってしまいます
」
「感動しろ!
感動しろ!
感動しろ!
」
「感じなくちゃならない。
やらなくちゃならない。
美しがらなくちゃならない。」
他人中心になっちゃだめだ!美しがらなくちゃ!感動しよう!
人としてこれだけ豊かな感情や知性を持って生まれてきたんだから、喜怒哀楽のすべてがからっぽになるくらい心を動かそう。
そうやって生きることが、最高の幸せに繋がると思います。
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
日本中へ、世界中へ。『どこでもドア的』を広めたい。
$docoyama = new "どこでもドア的" x "やまもと"
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
$docoyama->name; // 山本 貴幸
$docoyama->blog; // 『どこでもドア的』プロジェクト
// http://yamamoto.xrea.jp/
$docoyama->twitter; //http://twitter.com/docoyama
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
投稿者 : 山本 貴幸 | 投稿日時 : 2008.07.03 23:30

