僕がWEBに目覚めた理由のひとつ
2008.10.19
最近、なぜかある出来事をよく思い出してします。
高校卒業してから大学に編入学するまでの間に通った、専門学生時代のエピソードです。
当時、介護福祉士を養成する専門学校に通っていました。
深く考えずに足を踏み出した業界だったのですが、現場実習などを通して徐々にその仕事が自分に合わないことを感じてきつつあり、自分の天職を見つけるべく将来を決める猶予期間を確保するために大学に編入することを決意していました。
しかし、専門学校までの学費を親に出してもらっている手前、さらに大学の学費も出して欲しいなんてことも言えず、週7で放課後にみっちりアルバイトを詰め込んでコツコツお金を貯めていました。それでもこの調子だとまだ目標金額に達しないと気付き、新たな収入源を確保するために、ヤフーオークションで個人売買を開始しました。
はじめは家にあったものを次々に出展していて、それが思いのほかどんどん買い手が付いておもしろいほど対価を得ることができました。しかし、そろそろ売るものがなくなってきたので、個人でも商品を卸してくれるルートを見つけて、オークションで販売をし始めました。
ある時、女性用のブーツを販売していていつものように買い手が見つかりました。
落札後に本人からメールが届き、その後入金確認や配送のやりとりを行うのがいつもの流れだったのですが、その落札者から突然「急に支払いができなくなったからキャンセルしてほしい」という旨のメールが届きました。
文面から少し若めの女性からだということは簡単に推測でき、なぜ突然支払いができなくなったのか単純に疑問になったので問い合わせてみました。すると、「自分の使えるお金があってその分をブーツ代にあてたかったけど、治療費にあてる必要がでてきたので買えなくなりました。かわいかったので買えないのが残念です。」といった返信がすぐに返って来ました。
丁寧に書かれた文章からその人の柔らかく親切な人柄が伝わってきて、残念さが自分のところまで伝わってきて同情してしまい、「これも縁なので今回は特別に差し上げます。」と返信しその日のうちに発送しました。
このことにひどく喜んでくれて、その日から商談終了後も文通をする間柄になりました。はじめはなぜメールではなく手紙で届けてくるのかが不思議でしたが、聞くとPCを立ち上げてメールを打ち終えるまでの一連の作業が自分の体に障り体調を崩してしまうから、と丁寧な文字で手紙に記されていました。
彼女の患っていた病名は長い横文字の名前でもう忘れてしまいましたが、つまり極度の対人恐怖症でそれが身体にも影響を及ぼしてしまう病と教えてもらいました。それ故に普段は帽子を被りサングラスをつけて衣類をぐるぐる巻きにしていないと人前に出られないほど重症なものらしいです。
その文通は、専門学生時代から大学編入試験に合格して大学に通うために九州へ転住して少しの間まで続きました。お互いの近況報告や夢や恋愛の話など、本当にいろんな話を封筒がパンパンになるくらいの枚数の手紙に書いて送りあいました。
しかし、次第に返信に要する間隔が広くなり、多くの手紙をやりとりしていた当時の自分はそれが彼女の体調が思わしくないからだということに薄々気付いていました。ある時、ぱたっと返信が途絶えてしまい、書きたくても書けない状況の中一方的に手紙を送りつけることを良く思えなかったので、返事を待ち続けました。
返信が止まってから数ヵ月後、手紙が届きました。
しかし、文字体に少し違和感を感じて差出人を確認したら、姓は同じでしたが名が違いました。なぜ親族から手紙が来たのだろうかと疑問に思いながら封を開けました。
文章に目を通すと、冒頭の部分に彼女が最近亡くなったということが記されていました。その一文に衝撃を受けつつも、その後の文字に目を滑らせました。
この手紙を読み終えて数日後に、彼女の住んでいた大阪に足を運び今までの思い出に区切りを付けに行きました。
その記憶が自分の心に深く残り、今でもふと思い返すことがあります。彼女との出会いはヤフーオークションというインターネットサービスからで、もしWEBがなければ彼女のことを一生知ることもありませんでした。WEBがあるから、繋がれる人や思いがあるのだと強く知ることができ、自分も誰かの橋渡しの役目をしてみたいという衝動を起こさせるきっかけになりました。
本格的にWEB業界に踏み込むにはほかにいくつかの要因がありましたが、一番初めに強く動機付けたのはこの思い出であることは間違いありません。そして、今自分は当時の思いを実現し得る仕事をしています。オークション、EC、SNS、どれもサービスの種類は違えど人と人とのコミュニケーションを作るものです。
もしかしたら、初心を忘れないようにというメッセージをなにかが自分に伝えているのかもしれないですね。この記憶をいつまでも風化させることなく心の真ん中に置いて、これからも自分の信じる道を歩んでいこうと思います。
高校卒業してから大学に編入学するまでの間に通った、専門学生時代のエピソードです。
当時、介護福祉士を養成する専門学校に通っていました。
深く考えずに足を踏み出した業界だったのですが、現場実習などを通して徐々にその仕事が自分に合わないことを感じてきつつあり、自分の天職を見つけるべく将来を決める猶予期間を確保するために大学に編入することを決意していました。
しかし、専門学校までの学費を親に出してもらっている手前、さらに大学の学費も出して欲しいなんてことも言えず、週7で放課後にみっちりアルバイトを詰め込んでコツコツお金を貯めていました。それでもこの調子だとまだ目標金額に達しないと気付き、新たな収入源を確保するために、ヤフーオークションで個人売買を開始しました。
はじめは家にあったものを次々に出展していて、それが思いのほかどんどん買い手が付いておもしろいほど対価を得ることができました。しかし、そろそろ売るものがなくなってきたので、個人でも商品を卸してくれるルートを見つけて、オークションで販売をし始めました。
ある時、女性用のブーツを販売していていつものように買い手が見つかりました。
落札後に本人からメールが届き、その後入金確認や配送のやりとりを行うのがいつもの流れだったのですが、その落札者から突然「急に支払いができなくなったからキャンセルしてほしい」という旨のメールが届きました。
文面から少し若めの女性からだということは簡単に推測でき、なぜ突然支払いができなくなったのか単純に疑問になったので問い合わせてみました。すると、「自分の使えるお金があってその分をブーツ代にあてたかったけど、治療費にあてる必要がでてきたので買えなくなりました。かわいかったので買えないのが残念です。」といった返信がすぐに返って来ました。
丁寧に書かれた文章からその人の柔らかく親切な人柄が伝わってきて、残念さが自分のところまで伝わってきて同情してしまい、「これも縁なので今回は特別に差し上げます。」と返信しその日のうちに発送しました。
このことにひどく喜んでくれて、その日から商談終了後も文通をする間柄になりました。はじめはなぜメールではなく手紙で届けてくるのかが不思議でしたが、聞くとPCを立ち上げてメールを打ち終えるまでの一連の作業が自分の体に障り体調を崩してしまうから、と丁寧な文字で手紙に記されていました。
彼女の患っていた病名は長い横文字の名前でもう忘れてしまいましたが、つまり極度の対人恐怖症でそれが身体にも影響を及ぼしてしまう病と教えてもらいました。それ故に普段は帽子を被りサングラスをつけて衣類をぐるぐる巻きにしていないと人前に出られないほど重症なものらしいです。
その文通は、専門学生時代から大学編入試験に合格して大学に通うために九州へ転住して少しの間まで続きました。お互いの近況報告や夢や恋愛の話など、本当にいろんな話を封筒がパンパンになるくらいの枚数の手紙に書いて送りあいました。
しかし、次第に返信に要する間隔が広くなり、多くの手紙をやりとりしていた当時の自分はそれが彼女の体調が思わしくないからだということに薄々気付いていました。ある時、ぱたっと返信が途絶えてしまい、書きたくても書けない状況の中一方的に手紙を送りつけることを良く思えなかったので、返事を待ち続けました。
返信が止まってから数ヵ月後、手紙が届きました。
しかし、文字体に少し違和感を感じて差出人を確認したら、姓は同じでしたが名が違いました。なぜ親族から手紙が来たのだろうかと疑問に思いながら封を開けました。
文章に目を通すと、冒頭の部分に彼女が最近亡くなったということが記されていました。その一文に衝撃を受けつつも、その後の文字に目を滑らせました。
買えなかったブーツをただで送ってくれたこと。
さらには、数少ない友達ができたこと。
これらのことに彼女は本当に喜んでいて、深い眠りにつく
直前まで体調が回復せずあなたの手紙に返信ができない
ことを悔やんでいました。
もし自分が回復できずにもう手紙を書くことができなくなって
しまったら、お母さんに代わりに手紙を書いて欲しいとお願い
をされて、この度お手紙を書かせていただきました。
この手紙を読み終えて数日後に、彼女の住んでいた大阪に足を運び今までの思い出に区切りを付けに行きました。
その記憶が自分の心に深く残り、今でもふと思い返すことがあります。彼女との出会いはヤフーオークションというインターネットサービスからで、もしWEBがなければ彼女のことを一生知ることもありませんでした。WEBがあるから、繋がれる人や思いがあるのだと強く知ることができ、自分も誰かの橋渡しの役目をしてみたいという衝動を起こさせるきっかけになりました。
本格的にWEB業界に踏み込むにはほかにいくつかの要因がありましたが、一番初めに強く動機付けたのはこの思い出であることは間違いありません。そして、今自分は当時の思いを実現し得る仕事をしています。オークション、EC、SNS、どれもサービスの種類は違えど人と人とのコミュニケーションを作るものです。
もしかしたら、初心を忘れないようにというメッセージをなにかが自分に伝えているのかもしれないですね。この記憶をいつまでも風化させることなく心の真ん中に置いて、これからも自分の信じる道を歩んでいこうと思います。
投稿者 : 山本 貴幸 | 投稿日時 : 2008.10.19 00:02




