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インターネット誕生秘話

2008.10.17

今日では生活のインフラとして当たり前になっているインターネット。そもそも、どのような経緯で生まれて普及したかご存知でしょうか。私も詳しく知らなかったので、勉強してみました。

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○きっかけはやはり戦争

医療などの発達と同様、インターネットも軍事用途から開発されました。
時は1957年まで遡り、時代はアメリカと旧ソ連の冷戦真っ只中です。

お互い軍事的優位に立つべくしてしのぎを削っている中、旧ソ連が人工衛星スプートニクの打ち上げに成功しました。
スプートニクスの打ち上げは両国にとって非常に意味が強く、当時のアメリカにとってはかなり衝撃的なものでした。

というのも、アメリカは1950年代初めに頑張って開発していた爆撃機監視システムのSAGEが一気に無駄になってしまったからです。
なぜなら、SAGEが採用していたのは中央集中型アーキテクチャーで、海岸線にレーダー施設を設置して、爆撃機を発見するものだったのですが、スプートニクスが核弾頭ミサイルを搭載して宇宙から攻撃してきたら攻撃を感知することができだいどころか一発で国防戦略が崩壊してしまいます。簡単に言えば、一箇所に情報を集める仕組みだったSAGEにとって、そこにスプートニクスによって攻撃されると一発でアウトになってしまいます。

これに危惧したアメリカが軍事・宇宙技術を終結した組織ARPAを作り、中央に依存しない新たな通信方式を模索しはじめました。


○ポール・バランのアイデア『時分割多重方式』

ARAPから次世代通信システム研究の委託を受けたランド研究所では、ポール・バランを中心とした研究チームを発足させました。
中でもポール・バランは「集中」「分権」「分散」の3つのネットワークを定義し、冗長性を重視し「分散」方式ネットワークを深堀しました。

しかし、冗長性だけを単純に追求すると必要な補助線の数が莫大な数になり、現実性が薄くなってしまいます。そこで、ポール・バランは『時分割多重方式』にヒントを得ました。

『時分割多重方式』とは、1つの回線で複数種類のデータを一定時間で分割しながら送ることで、複数種類のデータは渋滞することなく同時に送ることができるというものです。

例えば、X,Y,Zというデータを送ろうとしたときに、普通にXから順に送るとZが送り終えるまで時間もかかるし、3種類の回線が必要になります。それを、X1,Y1,Z1と送り終えると次にX2,Y2,Z2という風に同じ1本の回線で送ることで、データ到達時間差を押さえ必要な回線を1本に減らすことができます。

これをネットワーク上で利用すれば、リンク数が少なくても冗長性を保つことが得きると考え提案されました。

○銀河系間ネットワーク

同時期に、リックライダーがARAPのIPTOの初代室長に就任し現在のインターネットの礎となるコンセプト「銀河系間ネットワーク」について記したメモを作成します。「銀河系間ネットワーク」とは、世界中の誰もがどこからでもアクセスできるネットワークを指し、まさに今日のインターネットそのものです。


○パケットの誕生

これらの考えをより一層推進したのがドナルド・デービーズでした。
彼は「インターフェイスコンピューターによるネットワーク」という画期的な提案をしました。

例えば端末Aから端末Bにデータを通信したいとした時に、両方の端末の前にはインターフェイスコンピューターを用意し、それらの間で固定長に分割したデータをやりとりさせ、端末に届ける際にデータの塊を組み立てて、元のデータに戻して端末A端末Bへ届けていました。

このデータの塊のことを「パケット」と呼び、今日のパケット通信の走りとなったのです。


○初のパケット交換ネットワーク

1966年、ラリー・ロバーツはARPAの支援を受けて初のネットワーク接続を実現します。

データ交換は電話回線を利用し、電話回線内を駆け巡るアナログ信号をコンピューターが「0」「1」のデジタル信号へと変換できるように音響カプラーを用いてやりとりを行いました。

実際に電話回線を利用してデータの送受信をすることはできたものの、コストが高い、遅い、信用性が保証されないと実用性がありませんでした。

これらの結果を元にロバーツは「ARAPNET」を構想し、パケットを交換するインターフェイスコンピュータであるIMPの実現に関して議論をし始めました。

○ARPANETにむけて

IMPにHoneywell516というミニコンピュータを採用し、IMPの開発を始めました。
しかし、IMP開発の最大の問題は「IMPとコンピュータ端末とのコミュニケーション」でした。なかでも、文字をどう扱うかが争点となりました。

例えば、「えびふらい」という文字を送信したときに、他のコンピュータがそれを「えびふらい」と受け取るために、共通の情報加工法を用いる必要があります。

それを実現するために「ビットマップ方式」と「ASCII」の2つの方法がありましたが、「ビットマップ方式」には一文字当たり49ビットなのに対して、一文字当たり8ビットで済む「ASCII」が採用されました。


○ARPANETでのパケット交換開始

ARPANET構想から1年近く経ち、4つの拠点による接続が試験されました。
IMPとコンピュータ、IMP同士がそれぞれ接続されるというシンプルなもので、最初のログイン中に端末がクラッシュしたものの、その後は接続成功しました。

○インターネットへの舵取り

ARPANETが普及するのにパケットサイズやメッセージフォーマットの決め方など、インターフェイスが異なることが大きな障害となりました。そこで、ボブ・カーンとビント・サーフらは共通のプロトコルTCP/IPをインターネット標準規格としました。これが、今のインターネットです。

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長くなりましたが、これが現在の形を成すまでのインターネットの軌跡です。
ちょっと難しい話も入ってますが、先人の苦労が今の便利なインターネットを作り上げたのですね。

こういう歴史的な背景を知ることは、そのものを深く知る上でとても大事なことですね。

投稿者 : 山本 貴幸 | 投稿日時 : 2008.10.17 00:47

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山本 貴幸

文系大学出身のエンジニア。

介護福祉士の国家資格を持ちながら、今ではどっぷりwebの世界で生きています。

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