国策プロジェクト「第5世代コンピューター」から学ぶAIの難しさ
2008.10.17
およそ30年ほど前に、『第5世代コンピューター』の開発プロジェクトが推進されていました。
その当初の目的は、日本語で命じると動くコンピューターを目的として、推論エンジンと知識ベースの構築が行われました。
当初は「わりと頑張ればつくれるのでは」という予測の元開発に着手しはじめましたが、言語学の勉強からやり直す必要が生じたり文法解析だけでも例外処理が膨大になったりと、想定の範囲を大きく超えたイレギュラーなことが起きてしまいました。
結局、当時10年で1000億円の国家予算を投資し国産メーカー各社からエースを寄せ集めて走り出したプロジェクトも、大失敗に終わってしました。
このことは池田信夫さんの2006年8月16日のブログにも取り上げられていて、以下のように締めくくられています。
しかし学問的には、ICOTの失敗によって、人間の知能に対する機械的なアプローチが袋小路であるということが実証された点には大きな意義があった。自然言語の本質はプログラミング言語のような演繹的な情報処理ではなく、脳はノイマン型コンピュータではないことが(否定的に)明らかになったからである。ではそれが何なのかは、いまだに明らかではないが・・・
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/1a529720d99d05f354e96d4b82a1b331
たしかに、コンピューターを人間に近づけるアプローチとして、今ある王道的な手法では年々近づいてはいるものの人間に成り代わるまでにはいかないのではと感覚的ではありますが思ってしまいます。では、人間に近づく1番早い方法は?と聞かれると、どうしても「クローン」や「移植」など、結局0から作り上げる形ではなくオリジナルの一部分に依存する方法しか思いつきません。
演繹的なアプローチの先にアトムは生まれるのでしょうか。
本気でAIを作るには、今のやり方では想像も付かない、インターネット誕生くらいの大きな衝動がまた新しく必要なのかなと妄想に耽ってしまいます。
投稿者 : 山本 貴幸 | 投稿日時 : 2008.10.17 23:43
あすなろBLOGのトラックバック・コメントは承認制になっています。
すぐにブログに反映されませんので、ご了承ください。




